植松夫妻のパース便り8




目次
2008年 3月13日 Tamworth 2008後記
2008年 3月12日 Tamworth 08 (Day 6) Thursday 24th January ALDC Section 7K(2)
2008年 3月10日 Tamworth 08 (Day 6) Thursday 24th January ALDC Section 7J(1)
2008年 3月 9日 Tamworth 08 (Day 6) Wednesday 23rd January Night ALDC Section 13(3)
2008年 3月 7日 Tamworth 08 (Day 6) Wednesday 23rd January Night ALDC Section 13(2)
2008年 3月 6日 Tamworth 08 (Day 6) Wednesday 23rd January Night ALDC Section 13(1)
2008年 2月29日 Tamworth 08 (Day 6) Wednesday 23rd January ALDC Section 13F
2008年 2月26日 Tamworth 08 (Day 5) Tuesday 22nd January Tamworthそぞろ歩き
2008年 2月24日 Tamworth 08 (Day 4) Monday 21st January ALDC Duo dances 午前の部
2008年 2月22日 Tamworth 08 (Day 3) Sunday 20th January もうひとつの Presentation
2008年 2月20日 Tamworth 08 (Day 3) Sunday 20th January ALDC Solo Section
2008年 2月17日 Tamworth 08 (Day 2) Valentine's Day
2008年 2月16日 Tamworth 08 (Day 2) Saturday 19th January 朝の散歩
2008年 2月12日 Tamworth 08 (Day 4)Monday 21st January 写真やさんも踊っている
2008年 2月11日 Tamworth 08 (Day 2) Saturday 19th January Country Musician; Beccy Cole
2008年 2月10日 南半球は盛夏
2008年 2月 9日 Tamworth 08 (Day 2) Saturday 19th January Workshop at Calrossy
2008年 2月 8日 Tamworth 08 (Day 2) Saturday 19th January Country Musician; BO Jenkins(続)
2008年 2月 8日 Tamworth 08 (Day 2) Saturday 19th January Country Musician; BO Jenkins
2008年 2月 7日 Tamworth 08 (Day 2) Flopsyの世話
2008年 2月 5日 Tamworth 08 (Day 1) Coolerから吹き出す風に悩む
2008年 2月 2日 Tamworth 08 (Day 1) 積荷のプロ、Karen
2008年 2月 1日 Enjoying the Rhythm
2008年 1月31日 Tamworth 08 (Day 1) Country Music Capital
2008年 1月30日 Tamworth 08 (Day 1) Tamworthに行く交通手段
2008年 1月28日 Tamworth 08 (Day 1) Ematsuとは俺のことかと、○○○○言い
2008年 1月 6日 Word “Deliver”
植松さんご夫妻の簡単なプロフィール
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3月13日 Tamworth 2008後記

AgeingとDevelopmentとのはざまで
 人間、70年もの歳を重ねると老化(Ageing)に気づく。頭脳や肉体の能力が衰え、持続性の欠落に歯がゆい思いがする。他方、Trainingによって、人間の能力は向上(Develop)もする。
 2002年、第一回Singapore Line Dance Championships以来、親しくしているKさんからのメール(Tamworth 2008 DVDを見て)
(前略)
白いシャツに黒のズボンでお二人で踊っているダンス
いいですね! 会場の手拍子と一体になって楽しそうな
様子がこちらまで伝わってきました。
それに、(こんな言い方失礼かもしれませんが)
以前よりシゲさんの踊り方が、滑らかさやメリハリが
しっかり出ていて、とても素晴らしかったです。
ヤスコさんとのバランスがとても良く、主人も
食い入るようにお二人のダンスを見ていましたよ。

(後略)
 わたしのダンスが少しなりとも進歩していることを知らせてくださったKさんありがとう。
 とても嬉しい便りでした。
 継続は力なり、次のコンペ9月のAustralian Indian Pacific Dance Challenge (Fremantle)に向けての練習をすでに始めました。
 最近はSt.IVES村のWood Floorで、朝食前の練習。先ず、ラジオ体操で朝の起きぬけの硬い身体をほぐしていますが、とても気持ちがいい。長年、ラジオ体操をしなかったが、身体が体操を覚えていてくれました。

2008年3月13日記

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3月12日 Tamworth 08 (Day 6) Thursday 24th January ALDC Section 7K(2)

ALDC Section 7K 40 & Over Freestyle Teamの部

毎年、Rule Bookに目を通すべし
 St.IVES村の本館、Officeの前の掲示板に、私たちの写真、記事の新聞切抜きがピン止めされている。それもあってか、いまや、St.IVES村では、Line Dance = Yasuko、Shigeになってしまった。
 Tamworthで撮ったビデオ・映像をDVDにしたので、Line Danceに強い関心のある方にDVDを見てもらった。40 & Over Freestyle Teamを見たあるご婦人いわく“ChoreographyDanceも素晴らしく、また衣装もよいTeamが何故2位か”の質問を受けた。そのDVDMedal PresentationSceneが入っていたから順位がわかったのである。
 <確かに、そのTeamは人数も多く、踊りはすっきりし、ミスもなく、見事な出来栄えであった。私たちもこのTeamが当然Goldだと思っていた。が、衣装がT-Shirtsであったので、Rule違反。各Judgesの採点から5点ずつ減点した結果、順位が入れ替わってしまった> <Rulesでは、T-Shirtsで踊ってはいけないことになっている>と、説明。
 Western Six Shooters(6人) 一位
 GoldBlackの衣装 ベテラン6人がKarenの選曲と振り付けでFormationもよく、しっとりとした味を出した。



Country Capital(12人) 二位




 Country Capitalは地元TamworthTeamである。TamworthCountry MusicCapital Cityであり、世界的に名前が知られているChoreographerChris Watsonがおり、ライン・ダンスのレベルは高い。その町のTeamが何故このようなミスをしたのか?正直言って私たちも大変驚いた。
 どこのコンペでも、Ruleは毎年検討され、改善されていくので、Ruleは毎回変わるものと思って、Instructor任せにせず、参加者自身が注意深く熟読、検討しないと大変なことになる。
 Presentationの直後、司会をしていたChris Kumreは異例のSpeechをした。<JudgesALDAのメンバーがコンペに参加しながら、交代でVolunteerで行っている、Professionalではない。しかし、Trainingをして、まじめに、一生懸命判定しているので、判定結果をご理解下さい>
 何故このコメントがあったのか?
 TeamPresenntationのときに、当然1位と思っていたCountry CapitalDanserたちが、T-Shirtsのことを知らずに、Judgeの判定がおかしいと、毒づいたようであった。
 Judgesも人の子、神ではない。とかく、コンペでは、Judgeの裁定には不満はつきもの。でも、私たちは、2002年、03年、04年、05年、そして今回、08年とTamworthで踊ってきたが、Judgeの公平さは以前より増していると感じた。参加者は各JudgeのサインしたScore sheetを受け取り、どのように評価されたかがわかる仕組みになっている。最後の欄のJudgeのコメントに、
 Well Done!,とか Great Entertaining!,などがあると嬉しいものである。
 2003年、Singaporeで行われたUCWDC第一回Asia Pacific大会では、Max perryはじめ世界的なお歴々のComments付のJudge Sheetを頂いた。残念ながら、その後のUCWDCの大会では、Judge Sheetをもらっても順位の記載だけである。

2008年3月12日記

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3月10日 Tamworth 08 (Day 6) Thursday 24th January

ALDC Section 7J 40 & Over Freestyle Duoの部

ダンスの基本はBalletにあり
 2004年秋、UCWDC(United Country Western Dance Committee)主催のWorld ChampionshipsAsia地区予選がMalaysiaKuala Lumpurで行われた。私の実力からすれば、Noviceのクラスで踊るのが妥当なところであったが、あえてIntermediatesのクラスで出場した。YasukoAdvancedのクラスに。
 2003年のSingapore大会で私がNoviceYasukoIntermediatesで踊った経緯とこの先いつまでライン・ダンスを踊り続けられるか、わからないので、ライン・ダンスを大局から眺めたい気持ちが根本にあり、あえて技術的に上位のダンスを経験することにした。
 2005年、アメリカ、Nashvilleで行われたWorld Championshipsに出場して、ヨーロッパ勢の素晴らしいダンスを見た。特に若い女性たちの動きに驚いた。彼女たちの多くはBalletを経験していることがうかがえた。Turningの際、頭の中心から足の先までの回転軸がブレなく、そして、早い動きに対して、この身体の軸が常に床面に垂直に移動していたからである。それに、Armの動きが美しく、長く伸びているのに驚いた。
 そうか、“UCWDCスタイル、つまり手足を自由に使うライン・ダンスの基本はBalletにある”と悟った。
 アメリカから帰って、Perthで日本人が教えている“みのりバレー教室”があることを知った。1年程経ってから“みのりバレー教室に通った。ここで、Balletの基本、ほんの基礎の基礎を学んだ。この教室はFremantleの近くにあり、平均速度70Kmで走って、約40分のところにあった。1年程通った。このとき学んだBalletの基本は今も私たちのダンスの中に生きている

 Freestyle Duoは名前の通り、二人で、足の運びは自由、腕や身体の動きも自由にして踊る種目である。しかし、Ruleによって“してはならないこと”“しなければならないこと”が決められている。例えば、Splitすることは禁じられている。また、手、腕の動作が無い時は両手をブラブラさせてはいけない。必ず両手は腰の位置か、バックルに置くことが決められている。また、4カウント以上、Pairの身体がふれてはいけない。など、など。
 Freestyleの面白さは自分たちの選んだ音楽の歌詞に対応して、ダンスが出来る点である。それに踊りに変化をつけるために、音楽を変え、Waltz調、Lilt調、あるいはSmooth調に踊る。音楽はCountry Musicを50%以上使うことが決められている。
 使用する音楽は何種類でもよいが、4〜7分の時間内にせねばならない。そこで、音楽の編成とダンスのステップ、あるいは区切りを調和させるために、パソコンの音楽ソフトを使って統一のとれた一連の音(音楽)を作る。
 ステップの数はざっと1500。これを音楽に合わせて踊るのである。よほどダンスが好きで、時間的余裕がないと、この種のダンスを人前で踊れない。でも、自分の好みで音楽を選び、振付けるので、私のように記憶力のよくない人間でも楽しく踊っている。
 しかし、現実には、このFreestyleEntryするCoupleは少ない。私達は60& OverSectionが無いので、50& Overに申し込んだ。が、他に出場組がいなくて、結局40 & OverSectionにまとめられてしまった。合計4Coupleである。その結果、私達は20歳から30歳年齢の若い層で、かつ、20年以上踊っているベテランの中で踊ることになった。
AllstarsMargaret-MaryDiane。この人達はいつも、20 セクション以上に出場し、GoldSilverMedalを大量にBrisbaneに持ち帰るベテラン。ここでは2位に入賞。


Western Six ShooterKarenKathie。ご両人はPerthで最も表現力の豊かなダンスを見せる、優れたInstructorでもある。当然 Gold Medal


Urban OutlawsLesleyJulietteLesleySydneyの優れた女性踊り手、Leonieの母親で、Tamworthの常連。惜しむらくは、過去に踊られたダンスの継ぎはぎで構成し、オリジナリテイーに欠けていた。

Y & S Bootscootersの私たち。ポピュラーなCountry Musicも取り入れたので、踊っている間に観客の手拍子や歌声も入り、また日本人のコミカルな?、不器用なマイムが会場を沸かせた。まだまだ未熟な私たち、つたない踊りでBronze Medalを頂いた。指導くださったKarenに感謝。




2008年3月10日記

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3月9日 Tamworth 08 (Day 6) Wednesday 23rd January(3)

Night ALDC Section 13 Interpretive Teamの部

 Hair SprayをテーマにしたTeam
 国際線の機内でMovieHair Spray”を見たのが、1年ほど前であった。楽しいMusicalであり、1960年代のアメリカの世相、Segregation政策に反対する様子がComicalに描かれている。例えば、当時はBlack & White TVの時代であったが、“テレビは白と黒から出来ている”などのPlacardを掲げてでもデモ行進をしているシーンがある。
 その後、1988年に、同名の映画があることを知り、2007年版との違いに興味があった。先週、Hair Spray 1988年版を見る機会があり、両者のStoryの基本的展開は同じ、俳優は違うものの同じような体型、風貌、個性の人々が演じているのを知った。
 2007年版はMusicがふんだんに使われており、Segregationの関するシーンもすっきりしていると、思った。
 市場にはSoundtrackが2種類のCDで発売されており、2CD版には映画のSoundtrack、19曲、Extra5曲、Outtakes(映画のカット部分)とAlternate(代わりに予定されていた)音楽が6曲、Karaokeが5曲入っている。
 Interpretive TeamEntryしたのは3 Team。うち、Cowboys & Angels/ B.J Bandits/ True Blue Bootscootersの若手ダンサー9人の合同チーム が“Hair Spray”をテーマに取り上げた。
Floorの片側に、大きなHair Sprayの広告塔を置き、Floorの前方にいろいろな種類のHair Sprayを沢山並べ、Performanceした。


 私達の友人、6人のTeam(Western Six Shooters)は映画、“雨に歌えば”で使われた音楽や雨を主題にした音楽を組み合わせ、模様入りの雨傘。ビニール製雨合羽およびオーストラリア特製のRain hatなどの小道具を用いて踊った。

Urban Outlawsの5人Teamは短い音楽で、沢山のSkit風ダンスを演じた。

 これらの出し物にはそれぞれ特徴があった。が、課題も見えた。
 下記はInterpretive Teamの演技を見た私の寸評
 Hair Sprayは踊りの達者な若い男女がFloorいっぱいに飛び跳ね、一風変わったPerformanceも取り入れ、斬新的な演出であったが、若干のドタバタを感じた。この種のInterpretiveには、どうしてもドタバタする部分がつき易いが、これを克服するのが課題。
 雨をテーマにした踊りはStoryが連続しているので、Team全体の踊りに無理がなく、通常のTeam Danceのように統一が取れた踊りを展開した。が、“オヤット”する意外性を感じる場面が無く、古典的な感じが否めない。傘を持って踊る時間を少なくし、“スカッとさわやかな雨上がり”の場面を多く取り入れるのも一策。
 音楽を短時間で区切り、短い“スキット”を、衣装取替えに時間をかけ、Performanceを演じるのは、各踊りに連続性が見えず、細切れのShowになり易い。観衆にはMotifが見えにくい。統一の取れた音楽を編成し、衣装の取替え場面を少なくする工夫がいると思った。

2008年3月9日記

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3月7日 Tamworth 08 (Day 6) Wednesday 23rd January(2)

Night ALDC Section 13 Interpretive Duoの部

 (Body Languageは難しい)
 Duo Interpretiveは踊り手、二人で表すBody Languageが基本にある。演じる側から見れば、私たち、日本人の苦手とするしぐさをふんだんに使う。
 “郷に入りては、郷に従え”で、西欧社会での付き合いにはBody Languageが欠かせない。TAFEOral CommunicationClassで、知識としてBody Languageを学んだが、これを日常会話の中で使いこなすのは至難の業である。
 西欧社会のCommunicationの基本は挨拶である。いろいろな場面で、人々は知っている人、知らない人に挨拶をするが、同時にいろいろな言葉を交わす。私どもが経験したこれらの言葉をまとめると、ちょっとした数になる。
 他方、Body Languageについては、挨拶の仕方で、相互の間の関係がわかる。西欧社会では身体の接触が基本にある。
 Perthで、私達は親しい人と久しぶりに会うとHagを交わす。女性とは頬と頬を接触、男性とは抱き合って肩を軽く叩く。外国映画で見られるとおりのCommunicationである。これも、時と場合によってVariationがある。相手の女性が感謝の意を強く表すとき、唇の近くの頬にキスをうける場合が多い。
 20年ぐらい前のことであるが、アメリカの従兄弟の娘(三世)が日本に来た。親戚一同、歓迎のPartyをした。Partyが済んで、Stayしていた母方の実家に戻るべく、一同は明石駅前のバス停で並んでいた。私は仕事の都合で、皆さんとそこでお別れした。彼女は私に強烈な?Hagをしてくれた。私がつたない英語でPartyの進行を取り持ったことに対する感謝の意があったのだろう。これは“トッサのBody Language”の一例である。
 ダンス仲間には、"Well Done" や"Congratulations"のHagがある。私たちがALDCの二日目、Duo Non Countryを踊ったとき、すさまじい観衆の声援があった。ダンスが済んだ直後、舞台の袖にいた進行係の女性がGestureHagを求めてきた。彼女は言葉での祝福以上に、Body Languageで気持ちを表したかったのであろう。
 さて、Interpretive Duo であるが、2組が出場を取り消したので3組が踊った。  B.J BanditsBenSamanthaAllstarsRoxanneMargaret-Mary、それにSouthern Cross Line DancersChrisChristopherであった。
 この3組はそれぞれ特徴がある。
 
 Benはいまやオーストラリア東部地区の若手代表である。それに、Balletの経験があるSamanthaとの組み合わせは期待通り躍動的な踊りを見せてくれた。

 Roxanneは母親のMargaret-Maryと、息の合ったMimingと踊りで、女性ペアーの持ち味を出した。

Chris Kumreは長年Allstarsの代表的な存在であったが、今回Sydneyの老舗Clubに移って出場した。Chrisの音楽に対するダンスの表現力はすばらしい。



2008年3月7日記

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3月6日 Tamworth 08 (Day 6)  Wednesday 23rd January

Night ALDC Section 13 Interpretive Soloの部

 音楽の歌詞やセリフに合わせてMiming、あるいはPantomimeする演技があるが、このInterpretiveは音楽に対する踊り手の解釈を身振り、手振りやダンスで自由に表現をするもので、Mimeとは少し趣が違う。
 この種目、以前はMaverickと名付けられていたが、風変わりなドタバタ劇からまじめな寸劇までMotifは多様である。
 音楽は時間内であれば、どんなGenreでも、また幾つ入れても良い。
 踊りのスタイルは自由である。また、ラインダンスでは禁止されている、Splitなどの踊りを使ってもよい。
 衣装は自由、靴も自由、取替え可。小道具、大道具を使ってもよい。
 InterpretiveEntryするダンサーは踊りが上手く、芸達者な人達である。ただ、私たちガイジンには音楽の歌詞やセリフが完全に聞きとれないため、踊り手の顔や身体の表現を十分に理解出来ないので、ダンスの妙味や面白さが完全にわからない場合が多い。
 この種目にもSoloDuoTeamがある。
 Soloには6人が参加した。幼い少女から成人男子まで。
 最初に登場したMontanaは幼いので、人生経験不足が演技に出ている。やむを得ない。
 次のStill写真は、食べ物を作るシーン(このようなことをしてもよい)で、傍に見ている男性(T-Shirts 52)は彼女のInstructorChris Watson

 次に登場したSamanthaはいろいろなダンスを経験していることがわかる。BalletからTapなど。Floorいっぱいに踊る様は、体操競技の床運動に似ている部分がある。

 3番目にPhantom OperaStyleFloorに現われたChrisは体表現のうまいInstructor。減量の?効果か、以前より身体が若返った。さすが、踊りの表現には素晴らしいものがある。

4番目のLindaは若さを武器に、躍動的な踊りを見せてくれた。

 5番目に踊った若い女性は、おもちゃのTrainを引いて登場した。駅に停まるたびに次々に踊るテーマを変える趣向であった。

 最後に踊ったDavidGoldを取った。プロ集団、Hotfeet Dancersに属しているだけあって、ダンスは垢抜けしている。


2008年3月6日記

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2月29日 Tamworth 08 (Day 6) Wednesday 23rd January

ALDC Section 13F Instructor/Student 30 & Over Duo-O/C

 午後に始まったこの競技、出場したPairAll StarsRoxanneDianeNorthern RidersJenniferKarenなどそうそうたる人達である。Instructorは自分のクラブの一番弟子とPairを組んでいるから見応えがあった。
KarenWendy

 Tamworthに向け出発する前、1月15日、Karenは練習会を主催した。この時Wendyがやってきて、KarenDuoを踊った。Karenの選んだ音楽、Karenが振付けたダンスを。Karenに尋ねた。“Who is Instructor?” But ,No reply

 Section 13H
 Open Trio O/C
 B.J BanditsBenJessicaの兄・妹、それに Ryanの踊りが印象的であった。若い人たちの成長は著しく早い。3年前まではFloorで飛び跳ね、Hat Trickを得意としていた少年・少女が、今はしっかりした演技で、しかも斬新な表現力でTrioを踊った。
左から、BenJessicaRyan



 ALDC Choreography Section 夜の部
 Beginner向けに2ダンスがEntry
 Intermediates向けに16ダンスがEntry
 結果は
 Gold  Pomp Jack  by Karen
 Silver  Will be one  by Mary & Jill

 であった。

 Choreography雑感
 一般の人にとって、Choreographerの存在を大きく認識させたのはマツケン・サンバUを振付けた真島茂樹であろう。日本から送られた2004年大晦日、紅白のビデオで見たマツケン・サンバの華やかな踊りの振り付けは、今も私の頭の中にとどまっている。
 いずれの国で行われるライン・ダンスのコンペに、Choreograph Sectionがある。しかし、国によって、趣が違う。オーストラリアの場合、デモするDancer2人はShirtsは白、ズボンは黒色と決まっている。振り付けの評価が踊り手の衣装によって惑わされないためであろう。また、踊る時間は短時間で打切られる。
 Asiaの国ぐにでは、ChoreographySectionに華やかな衣装、大勢のダンサーが時間たっぷり踊る、一種のShowである。他のダンサーとCompeteするのが苦手なので、ChoreographySectionで楽しく躍るのだ、と説明したくれた人がある。
 優れた振り付け師は、誰にでも踊りやすく、楽しいダンスを仕立てる。最近では、Bill LarsonChris WatsonImprover向けに振付けた Oh Suzannah がある。32 Count 4 Wallのダンスで楽しい。

2008年2月29日記

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2月26日 Tamworth 08 (Day 5) Tuesday 22nd January Tamworthそぞろ歩き

 今日はCalrossyでのダンスの出番は無いので、Tamworthの街をそぞろ歩きすることにした。ビデオカメラとデジカメを持って。ANZAC公園、Calrossy、Tamworth駅、バス・ターミナルから Golden Guitar行きのバス乗車でGolden Guitar往復、予定を立てた。
 Golden Guitarのバス停を降り、お昼の食事をしようと寄った食堂で、偶然、Lesley、Lyn、Reiの3人に出会い、彼女らが借りている自動車でLocomotive Hotelへ、そして家に送ってもらった。
 この間、撮ったデジカメ写真から選んだものをいくつかお目にかける。
 1.Gum Tree(ユーカリ)の並木道
 Calrossy SchoolからBrisbane Stを下って、電車の線路に近づくと、行儀の悪いGum Treeを上手に街路樹に仕立てている。Australiaには700種類ものGum Treeがあり,樹皮の色や形、枝ぶり、など様々。なお、この付近駐車可である。

 2.”踏み切り”ならぬ踏切
 鉄道線路に差し掛かると、Crossing Roadの表示がある。車道を走る自動車はRed Signalの点滅時以外は一時停止の必要は無い、前の車が通過したのを確認して軌道に入る。

 歩道の人はNet Fenceに突き当たる。右に曲がり突き当たり、次は左に曲がり、そして右にTurn、最後に線路に直角に横断する。

 日本で踏切が出来た頃、人馬は線路の手前で一旦停止し、列車が見えないことを確認して、急いで踏み切って、渡った。こちらのRailway Crossingは日本語では(踏み切り)、その通行規則はまったく異なる。
 3 銀行員もライン・ダンス
 オーストラリアの都市銀行、WestpacTamworth支店の行員も1日2回、銀行前でライン・ダンスをする。通りかかったとき、オースザンナを踊っていた。このラインに加わって踊る人もいる。かくなる私もそうである。Westpacのシンボル・カラーは赤


 4. Singers
 Festivalの間、街の大通りPeel Stは、車の通行を停止して、両側の店舗はSale、Saleで盛り上げ、
 パレードや、Linedanceなどが行われるほか、各店の前を、借り切って、Buskingする人が30人ぐらいいる。子供から年配者まで様々。Musicianの第一歩である。



 5. Peel Stは歩行者天国
Welcomeの横断幕

TamworthSymbol、Post(現在民営)の時計台

歩道に設けられたテーブルでお茶を飲む人びと

T shirtsを着て楽しむ人

Tamworthの役場のテラスで歌うSinger

それを、ビデオ・カメラで撮影する人

毎年、Melbourneからやってきて、この場所で踊る人(今年は二人)

 6. バス・ターミナルから発着するバスに乗って、市内の各方面に行ける。

 7. Golden Guitar
Golden Guitar近くの食堂で、LesleyThree Cow Girlsに偶然出会う。

Tamworthのシンボル、Golden Guitarで記念写真を撮る人が多い。

 8.Locomotive Hotel
 Lesley運転の車に乗せてもらって、Locomotive Hotelへ。以前、ライン・ダンス全盛期には、このHotelでも、ダンスのコンペが開かれていた。CalrossyLocomotiveと2箇所であった。最近は、Country SingerConcertが戸外の貨車の舞台とBarで催されている。

 Tamworthに来るGroup、いろいろなPerformanceをして楽しんでいる。隣の席では昼寝のGesture。私はアルコールが回って本当に寝ていたらしい。(Lesleyの話)

 LesleyGirls、3人はダンス暦20年近い?ので、音楽を聴いて、どのステップで、3人がどのように連携するかを即座に決め、ダンスすることが出来る。これまたPerformanceを楽しんでいる。

 9 夕飯はVespa(イタリア・レストラン)
 午後8時、車で食事に出かける。KarenVespa’s Restaurantに予約していた。
 食後、店の人にVespaの意味を尋ねた。イタリアのスクーターであった。かつてはオーストラリアでとても人気があったそう、昨今は、YAMAHA,KAWASAKIなどが人気。店内に1台の新車が飾ってあった。乗ってもよいよ、との言葉でShigeYasukoが、次いで、DianKathyが。私達の乗っている様は、このご両人にはとても及ばない。
 


2008年2月26日記

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2月25日 Tamworth 08 (Day 4) Monday 21st January(続き)

Are you line dancers?と、尋ねられ

 午後のSection 9E  60 & Over Waltz Duoの6組の踊りが済んだのが午後4時であった。Auditoriumの外のベンチで休んでいたが、身体はくたくた。それに精神的にまいっていた。私達の踊ったWaltzの最後の最後で、Shigeが大失敗をしてしまった。
 このダンスは3 Wall目と5Wall 目にTagが入る。そのTagの踊りは12 Count で、最初の3カウントがこのダンスの踊り初めのStepと同じである。練習のときから、しばしば、このTagを間違えてきた経緯がある。
 5 Wall目のTagで、踊っている両人が反対方向に向かった。間違いを気づいたShigeが踊りながらYasukoの踊りをCatch Upした。このために少し時間が掛かった。
 通常、このように間違えた場合、間違った方は踊りを止め、相手の踊りに同期するが、私どものWaltzの場合、横への動きが大きいので、このような対応は出来ないと、一瞬?思った。二人の間隔が開きすぎるからである。それに、踊りを止めると不連続?になる。
 後日、もらったJudge Sheetには{Great Recovery}と、記してあったが、失敗の後のFollowの仕方がよかったのではないかと思っている。
 午後のMedal Presentationは7時ごろである。待つべきか否か、迷った。礼儀上Presentationまで、会場にいるべきと思ったが、身体が疲れて言うことを聞かない。
 外のベンチで休んで、コーヒを飲んでいる時、慰めてくれる方がいた。その年配の男性“間違いは誰にもあるよ””それよりも、貴方がたのダンスを見ているとき、私は釘付けになってしまったよ”と言われた。そうか、踊っている当人はNegativeな気持ちになりがちなんだ、と。
 Karenに電話してAuditoriumへ迎えに来てもらった。帰るなり、Shigeは身体を横にして、休んだ。
 午後8時から、Karenが予定していた、Service ClubでのThe Wolverinesの演奏会に行った。食事もService Clubで取った。ここは、Buffet形式で値段も手ごろ、Tamworthでの食事のお勧めどころである。
 The Wolverinesは3人のGroupである。彼らは観客とのCommunicationが上手い。飾らない人柄が大勢のフアンをひきつけている。私達は2002年WABoyup BrookでのCountry Music Festivalで彼らの演奏とPerformanceに接して以来、今回で三度目になる。
 2005年1月、アメリカのNashvilleでのWorld Championshipsで、Small TroupのSection(2 - 5人)で踊ったとき、Wolverinesの持ち歌、Saddle Upの一部分をダンス音楽に組み込んだ歴史がある。
 演奏の間の休憩時間、会場の売り場でThe WolverinesT Shirts を買った。この時、二人ずれの男性から“Are you line dancers”と、聞かれた。私たちがCalrossyで踊ったことを確かめるための質問である。その方いわく、”貴方がたはDuo Waltz SectionBronze Medalだったが、会場にいなかったので皆さん探していたよ”とのこと。(エッ、ウソ)(あんな、大失敗をしたのに)(ほかのDuoの人達の中には小さな失敗をした人はあったけど)
The Wolverinesの演奏

 先週、写真やのStephenからPhoto CDが着いた。Duo Waltzの写真と撮影時のDataを見ると興味深い。いろいろなことが写真から読める。
午後3時27分踊っている写真に始まり、5コマ目の写真(15:28)

 15:30 踊り大失敗、この時のJudgesの表情(15:30) 公式Cameraman、Stephenが舞台に構えていた写真機をJudgeBoothに切り替えたのはさすが。
 中央がWendy Hughes、(Stephenは昨年9月のWA のコンペにCameramanとしてPerthに来た。それでWAのライン・ダンス事情に通じていたことが背景にある?)

Recover後、ダンスの最後のポーズ(15:30)

Medal Presentation(18:43) Bronze受賞者がいない(ごめんね)

 Master of Ceremony、Chris(腰掛けているーアメリカ出身)が再び、私どもを呼んでいる(19:45)
Event Director、Roxanneが左の端に立っている。(申し訳ない)  

 それにしても、あの大失敗が無ければ-----と、思わんでもない。(ただし、Wendyの採点はいつも厳しい。身びいきと思われたくないからか?)
The Wolverinesのサイン入りシャツを着て、Valentine Social(2月14日)行った。
写真のサイズは、シャツの柄とサインが分かるように大きくした。


2008年2月25日記

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2月24日 Tamworth 08 (Day 4) Monday 21st January ALDC Duo dances 午前の部

(大歓声の中でも、集中して踊らねば)

 午前中に、Duo を2部門、午後に、1部門踊る Big Dayである。
 Duo Dance は踊り手が音楽も、ダンスも自由に決めることが出来る。また、Armを積極的に使えるので、私達はDuoの種目が好きである。
 旧年12月上旬、三つのダンスを選んでTamworth 2008に向け、練習を始めた。
1.60&Over   Country Duo、DanceはFlamenco Waltz(Choreographer: David Cheshire) MusicはSpanish Waltz (The Dean Brothers)
2.60&Over   Non Country Duo、DanceはGo Grease Lightning(Choreographer : Michele Burton & Michael Bar) Music (Grease Lightening)
3.60&Over   Waltz Duoに、Run for the Roses(Choreographer: Charlotte Macari) Music(Run for the Roses by Dan Fogelberg)
当日は、Dance Costumeの着替えと足慣らしを兼ねて、冷房完備のプレハブの教室を借りた。1日35ドルである。

 Country Duoの参加は5組、このダンスは易しいステップだが、1/2Turnが2回続き、そのあと1/4Turnがはいる、4Wallのダンスである。踊り始めて2Wall目でTurnの角度を間違えるミスがあったが、すぐにCatch upできて楽しく踊った。やはり3年越しの舞台で、少し緊張したようだ。
公式Cameramanが撮った写真


 二つ目 Non Country Duo部門の参加は6組、
 DanceGo Grease Lightning
 1978年製作のMusical Movie、’Grease’ の中で、大ヒットした、Danny(ポマードテカテカ髪)を演じるJohn Travoltaが仲間と自動車の整備工場でPerformanceする有名な場面がある。この時の音楽がGrease Lightningでダンス・ファンのみならず、一般にも広く知られている。先年、ABC放送局の人気番組Chaser's War on Everythingにもこの場面を使って演技していた。
 Choreographは音楽の前奏のセリフに対してArmの所作を振付けている。
It’s Automatic Pose Right arm straight up in air, point finger to sky, left hand on hip, fingers pointing to floor, Left leg straight, Right knee popped, facing right
            といった具合に。
 It’s Systematic ,  It’s Hydromatic,  Why, It’s Lightning,  Greased, Light, Ning,
 ここまで、それぞれに動作をしてから踊り始める。
 このダンスは、A,B,Cダンスといって、3つのパートの組み合わせを曲に対応させている。足の運びは易しいが、ステップ、手やアームを含めて全身の動きが早くて激しい。
 最初の、It’s Automatic で、動作をすると、観衆からワッーと歓声があがった。 Greaseと分かったのだ。
 次に、It’s Systematicになって、さらに沸いた。びっくりしつつ、みんなの手拍子と声援に乗って弾むように踊った。1階も2階も大騒ぎ。特に若い人達の甲高い声がすごい。
 一番前の席で2人の少女(Dancer)が足をどんどん鳴らし、手を振り回してキャーキャーいっている のが目に入った。大騒ぎに私達の気持ちが揺さぶられたようだ。このダンス、時間は3分ほどであるが、Armの動作がめっぽう速い。最後のところで、2人ともPart B(右足を右に出し、右手を右方向に指差す) に入るところをPartA(右足がShuffle Right)に行きかけた。おっとどっこい、すぐ気がついて修正、最後の締めくくりが出来た。
 踊り終わると、舞台の袖にいた進行係りの女性が興奮してHagを求めてこられた。また、幾人かの人から求められ、デジカメ写真の被写体になった。皆さんに私達の踊りを楽しんでもらい、大満足。
 ENTERTAIMENT性で、得点を稼いで、Bronz Medal を頂いた。
公式Cameramanの撮影シーン




2008年2月24日記

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2月22日 Tamworth 08 (Day 3) Sunday 20th January

もうひとつの Presentation

 Tamworthに着いた18日夜、借りた家で食事をした。当夜のコック長はMary。イタリア系だけあってLasagna(ラザニア)とサラダ。
 19日の夜はWest Clubで、Beccy ColeAdam HarveyConcertの間に食事をすべく食堂に行ったが、長蛇の列。売店のSandwichで我慢。
 20日は午前中のSolo部門のPresentationが終わった時点で私達一行11人はCalrossyを引き上げた。
  昼食を兼ねた早めの夕食をしようとHogs Breath Cafeに出かけた。この店はPeel Streetの北方向に位置する3階まである大きなRestaurantである。
歩道に立てられたAd Balloon

 毎年、Country Music Festivalに数万の人がTamworthに押しかけるので、食事時このHogsの店はいつも超満員である。(2005年の経験) でも、午後の4時台は、空いていたのでゆっくりおしゃべりを楽しむ時間が取れた。
11人のHappy Faces



 前夜、家のTableにおもちゃ風のGold Medal Pack (3個入り)が置いてあった。何に使うのかな?と思っていた。
 Hogsでの乾杯のとき、Kathyが立ち上がった。“これから、LesleyLynの本日の活躍を祝してPresentationをします”とピカピカ光るメダルを手渡した。
 KathyKarenは、私たちが足元にも近寄れないライン・ダンスの名手である。また、暖かい気配りが行き届き、ユーモアのセンスにも富んでいる素晴らしい人と尊敬してきた。さすがである。今朝のSolo部門で入賞しなかったLesleyLynの気持ちを察しての処方である。胸が熱くなった。
LesleyLynははじめ後ろを向いていた。が、しばらくして正面を向いた。笑顔であった。


 快い仲間内のPresentationであった。

2008年2月22日記

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2月20日 Sunday 20th January ALDC Solo Section

(10人十色の Hip Bumps)

 Solo部門の競技は、Standard SoloFree Style Soloに大別される。これらは、年齢別のSectionになっているが、年齢にとらわれないOpen Sectionもある。
 午前9時からStandard部門の競技が始まった。私達のGroup、応援も含めた11人のうち3人がStandardに出る。40 & OverLyn、60 & OverLesleyそれに、70 & OverYasuko
 プログラムを見て驚いたことは、高齢者の参加が多いこと。40+(40歳以上)のChampagne on Iceには20人が、70+のSectionでも10人の参加者があった。2004年にShigeが70+で踊ったとき、たったの3人であった。ラインダンサーの高齢化もあるが、70を越してもまだまだ元気に踊り続けている人が沢山いることは喜ばしい限り。
会場、後ろの壁の各ダンス・クラブのBanner
出場者のCallが掛かると、各クラブの応援団の声援があがる。

 最初はLynの出番である。彼女は、正確なダンスを踊る。以前、TamworthSolo 40+でGold Medalを取ったことがある。“Champagne on Ice”を踊っている最中、ほんの一瞬、身体の向きがちょっと変に動いた。Soloは少しの失敗も許されない。踊りが済んだ後で、彼女に尋ねると、SaturdayWorkshopで床がSlipperyだったので、靴底に小さなPatchを貼ったが、今日のFloorStickyだったので靴底が引っかかった。それでStepが一瞬乱れたとのこと。今年のTamworthの気候は例年になく低温、多湿であった。
 次はLesley、彼女はSilvaradoと言う大きなClubで10年以上も踊ってきたVeteranである。いい笑顔でいい踊りをした。
 TamworthChampionshipsに出場する人は、毎年のように出場し、いわゆるコンペ慣れの人が多い。たまに出場する人にとっては、なかなか実力を発揮し難いようではある。Contestantsは11人。
 私達は12月Perthに戻り、それからTamworth向けの練習を始めた。Duoの種目(4部門のダンス)の練習に時間を費やしたので、YasukoSoloへの参加を思案していた。。しかし、Tamworth出発直前に、なんとかSoloStepを覚えたので踊ることにした。正直なところ、かろうじて間に合った感じ。
70+の踊りが始まった、FloorにはHeat 1の3人(中央にYasuko)、壇上はJudge席、背後に国旗、それにオーストラリア各州の州旗が掛かっている。
左右の壁面には原住民、Torres IslandersAboriginalの旗が掲げてある。
Judgeは三人、Main Judgeが一人立っている。
FloorではMaximun 3人、Minimum 2人を限度で踊る。踊る組によって判定に多少の際が生じるきらいがある。

 午前中のSolo DanceのPresentationがあった。私達のGroupの入賞者はYasukoSilverだけであった。それにしても、これだけ大勢のベテラン、10年、20年以上も踊っているContestantsが参加する競技で、十分な練習も出来ていない、しかもダンス経験の浅い(7年)康子が入賞したのは何故か?
 この70+の音楽“Make Love To Me by Sanneを聴いたとき、これはLilt調で踊るのがよいと思った。
 Liltは、UCWDCWorld ChampionshipsSoloの規定ダンスの一つで、“陽気で軽快な調子”で踊るダンス・スタイルである。しかし、オーストラリアのコンペでは、ルールによって、腰に両手を当てて踊ることになっているので、Lilt風の踊りをするのは難しい。しかし、他のダンサーと差異を付けるにはこれしかない。短期間であったが、何とか、膝や足のバネで、僅かながらLiltらしい踊りを表現してリズムに乗ることに努めた。
 いまひとつ、Perthを発つ日に親しいダンス仲間のYvonne(自称、Smiling Cow Girl、)から激励の電話をもらった、”Never Forget Smiling"と。
 当日Floorで、Judgesの前に立ち、さあ、これから楽しく踊るぞ!とにっこりしたら、1人のJudge(名前は知らない)が、赤いスカートを履いて、楽しそうに踊るおばあさんを微笑ましげに見つめて、終始にこやかな表情でいてくれた。おかげで内心はStepを間違わないかとはらはらしながらも、最後まで笑顔で踊ることが出来た。言うなれば、Smilegetしたsilver medalだと,Yasukoは思っている。
 鉄則 "Smiling is a fundamental _expression during dancing"
 Presentationの最後に、Event DirectorRoxanneがいみじくも、”入賞者だけでなく、今日ここに参加したすべての競技者にcongraturationsを言います”と言ったが、まさしくそのとおりであると思った。 競技に参加して踊ることは楽しい反面、どんなに大変なことか、無事踊り終えた一人ひとりに拍手拍手、である。
 1.70+でGold Medalを得た人のHip bumpsは強烈であった。これがJudgesを印象付けたと思った。
Hip Bumps 一つとっても10人十色である!
 得意な人もいれば難しくて膝を使って腰を振らんとする人、身体の向きを変えて横振りする人など。
 2.Hip Bumpsで、右足は左足の斜め右前方で、両足はほぼ平行でなければならない。Karenの観察では、Hip BumpsStepを正しく置いていたのは、4人だけだったそうである。身体を45度内側にひねった方が、Hip Bumpしやすいからである。(Goldを取った人は右足が斜めになっていたようである)
 3.Champagne on Ice を踊った20人、それぞれの持ち味があって興味深い。JudgesStepの正確さを先ず注視するので、踊っている“上手さ”が採点にあらわれにくいのではないかと思った。
 Champagne on Iceの音楽(What Woman needs)は素晴らしい。このダンスを振り付けたMichael Veraturnの多いWaltzに仕立てた。この種目は40+であるのに、50歳台、60歳台、70歳台の人までがEntryし20人で競った。挑戦意欲を掻き立てる音楽とダンスである。
 しかし、ALDCの規定で、Standardでは両手を腰あたりに固定することになっている。これが、WaltzRise and Fallを大きく阻害している。ContestantsTwo、ThreeStepの伸び上がりを意識してBallUpしているが、OneStepの沈み込みが不十分である。
 4.当然のことであるが、ダンスは音楽を身体の動きで表現するもので、私達は、音楽(歌詞をふくめて)に対して、身体、腕、手先、足の動きが順応するべきものと考えている。曲想に思いをはせ、歌詞を理解することの大切さは言うまでもない。
40+でのWinner, Margaret-Mary-(手前)、この人はTurnのときの軸のぶれがほとんどない。属しているクラブ、All StarsInstructor,Roxanneの踊りに似ている。普段、新しいダンスを教えているInstructorの踊りかたがいかに影響するか?、毎年のCompetitionAll Starsに属するダンサーが多数のMedalを獲得する原因の一つである。
真ん中の男性は後ろに手を組んでいるので身体が前かがみになっている。Turnを肩で引っ張っていくタイプなので、身体の軸が独楽の歳差運動のようにぶれる。しかし踊りの表現は20人の中で抜群と、お見受けした。

 Judgesの採点はどのように行われるか?
 競技が終わると競技者はScore Sheetを受け取る。Judgeの採点表である。
 内訳は
 Presentationが10点満点、
 言うなればダンスのうまさ、観客に対するAppeal度。
 Style、Staging、Apperance、Technique の項目
 Complianceが15点満点、
 ダンスシートに対する解釈の正確さ、言うなればダンスに対する理解度が問われる項目
 Excutionが15点
 Foot workの正確さ、timing、Hands,Headの状態 など演技や技術的側面が問われる項目
 Penalty AjustmentRuleに反則すると減点され、事によっては失格となる。
 例えば、Solo Standardでは、MusicIntroductionで踊ってはならない。
 Hat trickSkirt workをするとDisqualifyされる。などなど。
 合計40点満点、
 ちなみに、Yasukoの場合、3人のJudgeの採点は29点、33点、33点であった。この合計点数で順位が決まる。

2008年2月20日記

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2月17日 Valentine's Day

 先月14日(月)午後7時、今年に入って初めてのSt.IVES Choir の練習日であった。渡された歌詞のプリントを見て驚いた。すべてLove Songであった。三週間後、2月8日(金)の演奏日当日になって初めてわかった。演奏曲はValentine's Dayを想定し、選択したものであると。
 当日のProgramme


 おじいさん、おばあさんが中心のコーラスグループがLove Songを歌うのは、こちらでは絵になる? さらに、男性だけで、Get me to the church on time を歌うことになった。男性最前列の私にとっては、我が家での特別練習となった。歌詞を見やすくするために書き直した。何故か、配布される歌詞はすべてCapital Letterでプリントされている。
 Get me to the church on time
I’m Getting married in the morning
Ding dong the bell are gon-na to chime
Pull out the stop-per Let’s have a whop-per
But get me to the church on time
I got-ta be there in the morning
Spruced up and look-ing in my prime
Girls come and kiss me show how you’ll miss me
But get me to church on time

If I am dancing roll up the floor
If I am whist-ling whew me out the door

For I am getting married in the morning
Ding dong the bells are gon-na chime
Kick up a rum-pus but don’t lose the com-pass
And get me to the church get me to the church
For petes’ sake to me to the church on time
 このSongMusicl 映画、My Fair Ladyの中で歌われている。この際、Get me to the church on time を口ずさんでくだされば幸い。
 2月14日のValentine's Day、ライン・ダンスのSocialがあった。車で15分くらいの場所。パンフに大きくHeartのマーク、

 踊っている皆さん、赤色と白を基調とした服装が多い。InstructorKrystynaがこの日のThemeRed & Whiteと決め、連絡したからである。

  Valentine's Day is for Love, not for Chocolate.

2008年2月17日記

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2月16日 Tamworth 08 (Day 2)  Saturday 19th January
朝の散歩

 オーストラリアの前首相、John Howard は国内、いずこに出張しても、毎朝のJoggingは欠かさなかったようである。気持ちよい朝の散歩が習慣的になっていることと、新たな場所で、いろいろな発見があるからであろう。
 飛行機の中で、窮屈な思いをしてきたので、Flopsy(兎)に餌、水をやってから、家の近所を歩くことにした。
ここUpper Streetに来るたびに、この街路樹(名前は失念)に圧倒される

Baobab(アフリカ原産、オーストラリア、NT州に数多く自生)を街路樹に仕立てた通り

木製電柱に撮りつけてあった電柱番号(このような立派な標識は初めて)

 Tamworthの町は小さな川を挟んで、NorthSouthに分かれている。
赤字は主要な場所(概念地図を参照)

 Sydneyからの列車が走っている線路の北が閑静な住宅地で、TAFECalrossy Schoolなど、幾つかの学校もある。
 線路の南側は自動車の幹線道路が東西に通じ、これに沿って小さな川が流れている。この川と幹線道路に挟まれた区画が商業地域である。商店街はPeel Streetの両側にある。Country Music Festivalの期間中、Peel Streetの交通が遮断されて、歩行者天国になる。
 商店街では、適度の間隔でCountry Musicianを志す人がGuitarなどの楽器やマイクを持ってBuskingする。アンプの電源は商店から借りている。これらの人には番号が付けられ、投票される仕組みになっている。何がしかの賞金が出る。
 Country Music Festivalの期間、5万人がこの小さな町、Tamworthにやってくるが、自動車やCaravanで寝泊りする人々が相当いる。この人達のために、幹線道路や川に沿った空き地にParking Areaがある。2001年、車(飾り付けた10トン・トラック)のParadeで、トラックの上でMusicianの演奏のあわせてLine Danceを踊る機会があった。
 車上から眺めたPeel Streetを埋めた群集の熱気、町のはずれに延々と連なる車やテントの列に圧倒させられた思い出がある。

2008年2月16日記

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2月12日 Tamworth 08 (Day 4) Monday 21st January
写真やさんも踊っている

 ダンス競技が終了し、Medal Presentationまでの合間、Dance Floorは一般に開放される。この間、Stuffは各Judgesの採点シートの整理に大わらわである。
 この日、DuoTrioTeamの競技はStageで行われた。午前のMedal Presentationの前、舞台で大勢の子供たち、それに大人も混じってダンスを楽しんだ。その中にCompetitionの写真撮影を担当している写真やさんがいた。音楽、ダンスの名前はFat Sally Leeである。
 この写真屋さん、名前はStephen、昨年9月、Perthで行われたWAのコンペに公式カメラマンとして来ていた。それで、顔見知りの間柄である。21日(月曜日)と24日(木曜日)に行われた競技シーンを収録したPhoto CDを発注したが、2週間たっても送付されていないので催促した。
 文章だけでは味気ないので、Stephenが舞台で踊っている写真を添付した。

 Hello Stephen,
 It was nice to see you again in Tamworth , We had a great time there.
 By the way when we could receive the Discs we ordered at Carlossy?
 We can't wait the two Photographs Discs.
 Shige & Yasuko

We love your dancing with Kids on the stage!

 Stephenからすぐ返信があった。いや、驚いた、間一髪、写真記録が助かってよかった。
 Hi Shige and Yasuko.
 i will finish editing them tonight and should get them posted in the next couple of days.
 My house was broken into last week and my laptop, cameras and lots of other small stuff was stolen. The police are still investigating. There was lots of finger prints on the bathroom window they got in which was locked.
 So that put me behind a couple of days. Just lucky they didnt take my main computer which had all the photos on from Tamworth .
 Bye for now.
 Stephen

 Photo CDが届いたら、お見舞いのCardを送ろうと思う。

2008年2月12日記

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2月11日 Tamworth 08 (Day 2)  Saturday 19th January Country Musician; Beccy Cole

 Festivalの期間、Beccyは3回しか歌わない。
 Saturday 19 January、 4:30pm West
 Wednesday 23 January, 7:00pm West
 Thursday 24, January Middy Toyota Country Theatre
 Karen
PerthSaturdayTicketBookingしていた。比較的、Stageに近い席に座れた。切符代は30ドルであった。
 BeccySara Stonerと並んで、女性Country SingerTopの座にいる。彼女の歌は歯切れがよいので多くのフアンの心をつかんでいる。歌の合間にいろいろなこと話す。自分の生い立ちから現在に至るまでの出来事(Fact)を。この冗談交じりのおしゃべりがAudiencesにうける。彼女、15年前はTamworthの街路でBuskingしていたと、言った。
 Beccyは2006年Tamworth Country Music FestivalFemale Artist of the Yearを受賞、2007年には三つのGolden Guitar Awardを獲得している。
 Country Musicianの多くは、子供の頃から育った生活の体験が歌に滲んでいる。これがCountry Musicのフアンにとって、たまらない魅力なのである。
 私たちがTamworth 2005年、Australian Line Dance Championshipsの40&Over Duo Free StyleGold Medalを頂いた。この時のダンス音楽(7分)を作り、振り付けをしたKarenはこの音楽の中にBeccyの歌”Men Don't Dance Anymore”の一部分を入れた。
 Beccyの歌っている姿をYasukoがデジカメで撮った。もちろん、NO Flashである。どのSceneも身体が歌っている。さすが、Beccyである。




Audienceに話しかける



2008年2月11日記

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2月10日 南半球は盛夏

 Tamworthのコンペが終わって、早朝の散歩が復活した。毎朝、Mullaloo Beach往復、週一回はOcean Reef の丘まで足をのばす(10,000歩)。
丘から眺めた今朝7:11amMullaloo beach(Sunday 10th February 2008)

 11:00am 数百台のParkingは満杯。かろうじて、1台空いていたので、駐車。
Beachは人盛り

Surfingを楽しむKids

今日の最高温度は32度の予想。Beachで遊ぶのに最適である。

2008年2月10日記

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2月9日 Tamworth 08 (Day 2) Saturday 19th January Workshop at Calrossy

 午後1時からALDC (Australian Line Dance Championships)の会場、Calrossy Girls School内のAuditoriumに行く。Lesleyの車に同乗させてもらって、RynReiと我々2人の計5人。この時期、学校は夏休みで、事務棟に少数の職員がいるだけで、広い構内の寄宿舎、食堂、各教室をCompetition参加者に貸している。
Calrossy School本館

 Auditoriumに入ると、Roxanneに出会った。“まだ、ダンス続けている”と聞かれた。それもそのはず、3年目のTamworthである。“続けているよ”と返事。Roxanneは今回のEvent Directorである。彼女は長年、Brisbane のLine Dance Club“All Stars”を率いている。
 初めて彼女の踊りを見たのは、2001年であった。大柄の女性が頭の中心から床まで垂直線がほとんどブレなく、その美しいTurnArmを使ったスケールの大きな振り付けに感心させられた。
少女たちの踊りをチェックするRoxanne

 このWorkshopPerthを発つ2,3日前に、メイルで連絡があったもので、主としてSoloStandard Sectionに出る人のために行われた、
 コンペ全般に関して何でも質問があればどうぞと言うものであった。 Solo Standard は8歳以下、12歳以下、16歳以下、17歳以上、30歳以上、40歳以上、50歳以上、60歳以上、70歳以上とOpen、合計10 SectionWorkshopでは、これらの各Sectionの課題ダンスについての質問を受けたり、希望があれば実際にInstructorALDAのスタッフが踊り、またContestantsが踊るのである。
 その趣旨は、CompetitionContestantsDance Sheetに書かれたStepを正しく解釈して踊っているか、つまり、自分の覚えたStepを確認する機会である。
RoxanneStepを確かめる

 今回のSolo Standardでもっとも参加者が多かったのは、40&Overであった。40歳以上であれば参加できるので、50歳台、60歳台でも参加して、20人を超していた。音楽の題名は“A Woman Needs”でアメリカの有名なCountry Singer, Tammy Wynetteとイギリスの世界的Rock Singer, Elton JohnDuetで歌っている。ダンスの振り付けはオーストラリアの著名な振付師、Michael Vera Lobosである。2007年3月に、ダンス名“Champagne On Ice”で、96カウント、2 Wall Intermediate向きとして、振り付けが発表された。
Champagne On Iceを踊る人々

 このWaltz曲の素晴らしさと、Michael Veraの凝った振り付けが全豪のライン・ダンサーに大受けした結果、大勢の参加者を招いたと思われる。
 昨年、この音楽に、Wendy Hughesの依頼でDavid CheshireBeginner向けに振付けたダンスを、秋のWA州のCompetitionで、Yvonneと3人でTrioを踊った。その音楽の長さにまいった。5分を越えるこの音楽、最後に近づくと疲れがでて、ミスが出やすくなるからである。
 Tamworthに出かける直前、Eventの連絡係であったKristenからe-mailが来た。いわく、“40&Overの参加者が多いので、音楽は2分で打切る”と。音楽の途中打ち切りは、異例のことである。
 Michael Veraの振り付けはTurnが多くあり、ALDCのダンス・スタイルの規定、Standardでは両手は腰に手を当てるか、バックルに両手をかける、ではとても踊りにくい。<Armを使えば綺麗なRise & Fallの踊りになるのに>が、私達の感想である。
 会場で、東京から来られたUsuiさんにお目にかかった。単身、遠路はるばる来られた、その熱意、目標を持って、毎年ラインダンスのコンペに挑戦されるその姿勢に感服させられた。

2008年2月9日記

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2月8日 Tamworth 08 (Day 2) Saturday 19th January Country Musician; BO Jenkins(続き)


BOと撮った写真


2008年2月8日記

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2月8日 Tamworth 08 (Day 2) Saturday 19th January Country Musician; BO Jenkins

 KarenTour Guideでもある。Upper Streetの家の8人組みと、別の家を借りているLesleyLynReiの3人組、合計11人がCentral Hotelに行った。午前10時から始まるBO JenkinsConcertを聞くためである。
 Tamworthの繁華街、Peel Streetの中心付近にあるCentral Hotelは昔からある小さなHotelである。Hotel一階のBarFloorがあり、壁面に演奏者のStageがこしらえてあった。
(背景のJim BeamBurbon WhiskyCoca colaを入れた飲み物)

 Barで飲み物を買って、そこここの椅子に腰掛けて演奏を聞くのである。特に演奏を聴くための料金を払わなくてもよい。私達はたいてい生ビールを買っている。
 BOCountry風のおしゃれないでたちである。
(凝ったCostume)

Chainの飾りがあるBoots)

 いくつかのGuitarを用意し、曲に合わせて変えていた。同時に2つのGuitarを弾くことが出来るそうであるが、これは聴けなかった。しかし、Mouth Organを巧みに使っていた。
Mouth Organをも吹きながら)

 演奏曲目の中で、Raw HideCopper Head Roadは馴染みの曲であるが、Musicに造詣の深いAudienceは演奏曲に合わせて合唱する人々がいた。

Copper Head Roadに合わせてラインダンスを踊るLynReiKarenそして知らない男性)

 演奏が済んでからBOと一緒にデジカメで記念撮影をしたが、残念ながらこのPictureが見つかっていない。
 以上、お目にかけた写真はVideo CameraからのStillである。

2008年2月8日記

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2月7日 Tamworth 08 (Day 2) Flopsyの世話

 TamworthUpper Streetの借り家での第一夜が明けた。
 家主は私たちに、家の管理に関する連絡メモを食堂のテーブルの上に置いていた。1ページ目にあったのが、Rabbit / Flopsyのことである。女の子の可愛い文体である。

 兎の世話は各人交替ですることになった。早起き鳥の私たちは二日目の朝、木戸に通じる通路に置かれている兎のCageを見に行った。Flopsyは最初、私たちを警戒の目で見ていたが、人参をもらってから様子が変わった。

 裏庭に犬小屋があった。犬は家族と一緒に旅に出たようである。兎は連れては行けない。それで、Flopsyの世話をしているElizaがわれわれにメモを書き置きしたのである。

2008年2月7日記

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2月5日 Tamworth 08 (Day 1) Coolerから吹き出す風に悩む

 TamworthUpper Streetの借り家に着き、あらかじめKarenの頭の中にあった部屋割りにしたがって、一行7人、ただちに各部屋に落ち着いた。
 私達、SueJo夫妻、DianKarenMary、それにSydneyRent a Carを借りてやってくるCathyの5部屋(寝室)である。それにLivingDining roomGuest roomがあり、大きな家である。トイレ、洗面所は2箇所。Poolもある。しかし、それぞれの部屋はほとんど家主家族の荷物で埋まっている。借家の契約には相互の信頼関係が基調にある。
Livingに飾っていたTrophy

 私達の部屋にあった箪笥の最上段、家主が空けてくれていたので、そこに、ビデオカメラ2台、デジカメ2台、それらの充電器、DVD-RW(30分)25枚、テープ(2時間)5本を収容する。Cameraを担当するMalが仕事の都合で来なかったので、私がビデオカメラを担当することになった。万一に故障に備えて、Back up用も持参。
 家主がLockerの一部を空けてくれていたので、ダンス用のCostumeを架ける。向いのKarenMaryの部屋の扉に衣類を引っ掛けている。つまり、部屋の扉は決して閉めない。この状態には意味がある。
 Perthで、私たちが散歩するとき、出会う人と挨拶を交わす。風が強い?時の挨拶は“Nice Breathe,isn’t it”ある。東洋人に比べて西欧人はWindyな雰囲気が好きなのである。
 Australiaでは2種類のCoolerが使われる。1つは日本で使われている圧縮した液状の冷媒を気化させるType。いま一つは水蒸気を蒸散させ、空気を冷やすTypeである。この水・蒸散型は屋外の空気を取り込み、冷やし、そして各部屋に多量の空気を送り込む。常にFresh Airが送風されてくるので、衛生的でもある。Australiaの様な湿度が低い大気には有用であるが、日本では、この種の冷却方式は役立たない。
 屋根の上に置かれた水・蒸散型の冷却装置は冷えた空気がDuctを通って、部屋の天井から勢いよく噴出す。そして室内の温かい空気を入れ替える。各部屋の空気は最終的には家の外に放出される。つまり、空気の流れをつくらねばならない。大型の換気扇で送風し、この風が冷却効果を重畳させているとも言える。したがって、窓を開けるなど、取り入れた空気の逃げ場が要る。防犯上、窓を開けることに抵抗感がある人はこの種のCoolerを設備しない。
 しかし、大きな建物、Hallなどは、水・蒸散型のCoolerを設備することが多い。風の流れを気持ちよく感じる人が多いからである。西欧人は空気の流れの無い部屋には閉塞感を強く受けるらしい。
 ST.IVES村の本館やGarden Apartmentに、水・蒸散型の大型Coolerが取り付けられている。我が家の外の廊下には、天井に大きな吹き出し口が20間隔で3基ある。冷たい空気が強烈に噴出すので、廊下に面する各家は入り口の扉を開いて、冷たい空気を取り入れている。家にCoolerを取り付ける必要は無い。湿度の低いときは肌寒く感じるくらい、冷たい空気が入ってくる。
 水・蒸散方CoolerControllerは風量を変えるだけである。最低の風量に設定しても相当量の空気が部屋(寝室)の天井のガラリから吹き出してくる。吹き出し空気量を低くするために部屋の扉を閉めても、部屋の機密性が低いからそれほど効果は無い。
 結果として、Tamworthでは、毎晩、Coolerの吹き出す風に悩まされることになった。

2008年2月5日記

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2月2日 Tamworth 08 (Day 1) 積荷のプロ、Karen

 Tamworthの空港には4つのRent a car会社の受付がある。2001年1月、私達はBudgetで車を借りて、10日間Tamworth市内とその近郊を動いた。今回Karenが車を手配したのはBudgetで、ToyotaTargoを借りた。
 一行7人、それぞれ20KgLuggageと数Kgの手提げバッグ、あるいはリュック、それにCountry Hatの3点。Luggageの中身はLine DanceCompetitionに履くCountry Boots、何組かのCostume、それにPantsなど衣類が多い。
 Karenが空港の駐車場に置かれていたRent a Carを動かしてきた。7人の荷物が積める?と、聞くと、”大丈夫、8人分の荷物を積んだことがある”とのこと。
 座席の後ろのSpaceLuggageの壁、手荷物は後部座席に山済み、私のLuggageは運転席と助手席の間のSpaceに収まった。ToyotaTargoの設計者は、そこまで考えて設計したのだろうか。ウム、Karenの車種選びと積み方に感心するばかり。
Tamworth空港前で

 Tamworthの空港から町までは近い。20分ほどで、1週間借りる家に着いた。
玄関先に着いた一行


2008年2月2日記

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2月1日 Enjoying the Rhythm

 1月25日(金)午後、Perth Domestic Airportに着いた。26日はAustralian Dayで、月曜日まで3連休であった。29日(火)St IVES村の事務所にMedalを持って行った。そしてManagerKeithTamworthReportをした。<Good NewsPositiveに知らしめるべし> これは西欧社会の習慣である。
 昨日、Keithが我が家に来られた。いわく、3時ごろ、Medalをつけた私達の写真を撮りたい、とのこと。
 私達はライン・ダンスのCostumeを着て、事務所に行った。彼は準備していた台にMedalを並べて私達の写真を何枚か撮った。この時、私達のCameraで撮ってもらった写真の一枚をご覧あれ。

 Keithは新聞社に写真と記事の原稿を送るので、原稿に目を通して欲しいとのこと。事務所のManage roomで、Print outした文章を読んだ。なんとも高級な文章である。私たち、ガイジンにはこのような表現で書けない。
 “It’s very smart sentences I can’t write these sophisticated _expression. Thank you”と返事した。
 Keithの原稿である。


2008年2月1日記

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1月31日 Tamworth 08 (Day 1) Country Music Capital

 Tamworth空港待合室で次便の飛行機でやってくるKarenDianを待った。空港内の壁を眺めるとFestivalの看板が掛かっていた。
FestivalSymbol Mark, SponsorTelstra(日本のNTTのような会社)

 売店でFestivalの公式ガイドブックを買ってきた。2001年に初めてTamworthに来た時、公式ガイドブックを買ったがほとんど役に立たなかった。Country Musicianについて、ある程度の知識が無いと充分に活用できない。
表紙の写真はAustraliaの代表的なArtist

 Concertの会場別、大きなHallから小さなHotelBar, Westと呼ばれるClubの会場、それに野外の会場など100箇所ぐらい?で演奏するArtist名、Festivalに参加するMusicianの名前別に演奏会場、日時がリストになっている。
 例えば、日本人でアメリカ、Nashvilleで活動しているHank Sasakiの項をArtist by Artist Directoryで見ると
 Sunday 20 January 10:00am Community Centre
 Monday 21 January 3:00pm City Bowling Club
 Monday 21 January 8:30pm City Bowling Club
 Tuesday 22 January 8:00pm City Bowling Club
 Wednesday 23 January 10:00pm Balladeers Homestead
 Friday 25 January 3:00pm City Bowling Club
 Friday 25 January 8:30pm City Bowling Club

 と7回演奏することがわかる。
City Bowling Club風景

 Hank Sasakiが初めてTamworthにやってきたのは2003年である。彼は世界最大規模のTamworthFestivalは楽しいと言っていた。
 Guide Bookに紹介されないMusicianも多い。街頭で演奏するBuskerたちである。100人ぐらいか。それぞれ番号をもらっている。投票を受けるためである。通りがかりの人がBuskerの演奏を聞き、置かれているGuitarCaseCoinを入れる。現在、女性のTop MusicianであるBeccy Coleも15年前はBuskerであった。
Tamworth空港、待合室に掛かっているTop Musicianの写真、左がBeccy Cole


2008年1月31日記

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1月30日 Tamworth 08 (Day 1) Tamworthに行く交通手段

 TamworthNSW(New South Wal3es)州の北部、内陸に位置する穀物の集散地である。TamworthにはSydney空港か、Brisbane空港から飛行機で行く。またSydneyから列車でも行ける。飛行機では1時間、列車では5時間ほどかかる。でも、近隣の州からやってくる大多数の人は自動車でやってくる。
 私達はいままで、飛行機で3回、列車で2回、Tamworthにやってきた。列車の旅は楽しい。車内でCountry Musicを歌ったり、Guitarを弾く人、様々である。飛行機は小さいので、少しばかり揺れることが多い。36人あるいは72人乗りである。
Tamworth空港、飛行機から降りた乗客

SydneyーTamworth間を走る列車

 2001年PerthからTamworthに来て、Australia Line Dance Championshipsで踊ったのは、Ben少年と私たち、3人であった。昨年、WorldSuperstar級にランク付けされたBenは、当時、最年少のクラスで出場、そして年齢が上位のクラスに次々出場し、SoloのすべてのSectionの第一位になった。この時、Benは祖父母と3人でPerthから普通乗用車で、5日間かけてTamworthにやってきた。
 Country Music Festivalの期間、Tamworthには数万人がやってくる。大きなホテルは無い。小さなホテルは1年前から予約せねばならない。Tamworthにやってくる多くの人はそこここの広いParking AreaCaravanMotor Home、あるいはRV車で寝泊りする。
 Tamworthに住んでいる人はFestivalの期間、家族全員が旅に出て、家を貸す人が多い。また、宿泊客をStayさせる家も多い。私達は、初めてTamworthを訪れた2001年は街の中心から17Km離れた瀟洒なB&B(Bed and Breakfast)に10日間滞在した。また、Retireしたご夫婦の小さな家にStayしたこともある。このような場合、家族同様な付き合いになるので若干窮屈であるが、面白い発見もある。
 ダンス仲間数人と大きな家で共同生活したのが3回。今回、Karenのグループと初めて一緒に生活した。KarenCountry Musicにも造詣が深い。Country Music Festivalの期間、Dance Competitionの合間にいろいろな会場に出かけMusicを聴きに行く。
 とにも、かくにもTamworthでは忙しい毎日を送ることになる。

2008年1月30日記

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1月29日 Tamworth 08 (Day 1) 
Ematsuとは俺のことかと、○○○○言い

 1月18日(金)早朝、Sydney空港Terminal 2に着いた。一行はKaren率いる7人である。Tamworth行きの飛行機はTerminal 3から飛ぶ。移動の途中、Karenが言った。“8時半の飛行機に乗るからお茶でも飲むか”でも、私達の切符は7時半発である。妙なことを言うと思った。アナウンスがあった。ぼんやり聞いていると、Ematsuという言葉が聞こえた。実は我々一行に、Tamworth行き飛行機のGateに急ぐこと連絡しているのである。7人のうち、2人が1時間後の便であることがわかった。妙なことである。Tamworth行きの切符はKarenが半年以上も前から、Agentを通じて取りまとめ購入していたからである。
 英語圏の人にとってUEMSpellを奇妙に感じることに気づいたには1966年、Los Angelsであった。当時、電気・電子製品に新しい技術を取り入れるべくICチップ研究の黎明期であった。Consumer Electronics会場の会場で、京都セラミックスの稲盛さんに出会った。私が付けていた名札はVEMATSUと印刷されていた。受付が気をまわし過ぎたのである。UEなんてありえないからVEに。
 ここPerthでも時々、VEMATSUになることがあった。銀行関係や保険、それに運転免許証は訂正しておかねば厄介なことになる。普段の生活では、First Nameでよばれることが多いからUEMの発音を気にする人は少ない。しかし、飛行場のAnnouncerMister○○、Misses○○とSurnameで呼ぶ。UEの連母音でUの発音が極めて短いからエマツと聞こえるのである。
 Tamworthの空港の待合室で1時間後に到着する2人を待った。MarySueA4の紙になにやら書いている。Welcome Karen、Welcome Dianと。
飛行機を降り、待合室に入っくる乗客を迎えるMarySue


2008年1月29日記

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1月6日 Word “Deliver”

 始めてPerthを訪れたとき、数年前からPerthに住んでいた方が言われた。“Deliveryが通じなくてね”と。その後、私もしばしば“Delivery”が通じなくて、何回も言い直したことがある。日本人にとって、Deの発音が難しいのとそれに続くLの舌の位置がスムースに動かないのが原因、と私は思っている。
 昨日、Saturday January 5 2008, The West Australian紙は、アメリカ次期大統領選挙に対するIowa州でのDemocratic NominationSenator Obamaが勝利したことを報じた。5ページから6ページにわたるHead Lineは“Obama delivers hefty blow in round one”である。そうか、このような状況を表現するのにdeliverを使うのか、としばし瞑想?.
Ives村のBowling風景、BowlDeliver風景

 昨年、BowlGreenに転がす動詞にDeliverを用いることを知った。
 静かに氷上にStoneを送り出すCurling競技ではどのような動詞を使うのか?
 勢いよくBowlを床に転がすTen pin bowlでは、投げることをなんと言うのか?

2008年1月6日記

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−カウント開始2008年4月7日−