植松夫妻のパース便り7



 2007年後半が始まりました。ご期待下さい。

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目次
2007年12月31日 Magnificent Seven
2007年12月30日 Santa Claus in Perth
2007年12月28日 Alston’s Cartoon
2007年12月27日 Bloody Hot Xmas
2007年12月14日 Dwellingup Cherry Tour(続き)
2007年12月13日 Dwellingup Cherry Tour
2007年12月10日 久しぶりのMindarie Keys
2007年10月 5日 Royal Show
2007年 9月30日 Congratulations
2007年 9月29日 Bus Trip to El Caballo Resort
2007年 9月27日 Fremantle Masters Games 2007
2007年 9月21日 他人のふところ
2007年 9月19日 EaglesがMagpieに負けた
2007年 9月17日 物価上昇
2007年 9月15日 Japanese Overtake
2007年 9月14日 POST(郵便局)でDriver’s Licence 更新
2007年 9月13日 APEC 2007 Sydney
2007年 9月12日 早春の海
2007年 9月11日 911
2007年 9月10日 Kings Park Festival 2007
2007年 9月 9日 The West Australian紙に掲載される写真
2007年 9月 8日 今朝の虹
2007年 9月 7日 Aussieが苦笑する時
2007年 9月 6日 UCWDC Mock Competition
2007年 8月27日 Multicultural city
2007年 8月26日 Travel(August 25th)
2007年 8月25日 Alston’s Cartoon(August 20, 21 & 22)
2007年 8月22日 冷蔵庫の修理
2007年 8月20日 Perthの景観
2007年 8月17日 Mum’s murder mystery
2007年 8月16日 Missing Person
2007年 8月12日 掲示板
2007年 8月11日 Something at the top end of Australia
2007年 8月 7日 アーアー、シュモクザメが殺されちゃった
2007年 7月20日 Aboriginal Crisis
2007年 7月19日 Shark
2007年 7月17日 7 Day Cape York Drive / Fly Safari
2007年 7月14日 Dolphins
2007年 7月12日 1 vs. 100 - Kids Special
2007年 7月11日 Bowling(1)
2007年 7月11日 Pool Competition?
2007年 7月 8日 何のコンペ?
2007年 7月 4日 Movie “Kenny”
2007年 7月 4日 In House Video System
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12月31日 Magnificent Seven

 The Sunday Times December 30, 2007Head Lineである。WACountry MusicのバンドにMagnificent sevenがあり、来年1月、TamworthでのAustralian Championshipsで踊るダンス音楽の一部分に、彼ら7人が演奏するMusic“Yes or No”を取り入れている。
 新聞記事はHard work pays off for Christ Church studentsSubtitleで7人の制服をつけた男子高校生が写っている。毎年、この時期、TEE(高校3年生の大学進学試験)結果の発表がある。WAで、男女合わせて40人のTop Tenのうち7人を占めたのが同校である。
 私が注目したのは、Top Tenに2人以上、入っている高校のリストである。10校のうち、公立高校が唯一1校、それも3人入っている。Willetton Senior High Schoolである。
 この学校の存在を知ったのは、今年初めである。以前Yasukoが書道を教えていたシンガポール系インド人の生徒がTEEで99点台のTEE結果であったが、選択した履修科目が医学部進学コースに適合せず、そのためにさらに1年間勉強を続けることになった。そのとき、生徒の父親は。Perthに唯一、公立高校で、進学校あると話したことを思い出した。
 公立高校は月謝が非常に安い。が、TEEの試験に好成績を得るような環境ではない。Private Schoolの月謝は非常に高い。年間、1万ドル以上かかるのではないかと想像している。Perthに来ている日本人家庭の子女はほとんどPrivate Schoolに入れている。それも、できる限り早い時期から。定員枠があるからである。私たち日本人に限らずアジア人は教育にすごく力を入れる。その結果、積算した教育費は相当な金額になる。子女の教育についての対応は、西洋人ときわめて対照的である。
 Willetton Senior High Schoolに入学するのは難しい。Willetton地区に住んでいる条件が厳しいようだ。それにしても、高い授業レベルをどうやって維持しているのか、誰かに尋ねてみよう思っている。
 先日、Yukiちゃんのお母さんから電話を頂いた。“どのようにしていられるか、と”私達はSt IVES村の付き合いがいっぱいで、Perthの日本人社会にはご無沙汰している。話は、Yukiちゃんのことになった。彼女、Perthの公立大病院の外科医として毎日、夜遅くまで働いているそうである。休日も時々、出かけるとか。日本人の医師はオーストラリア人医師の5倍は働いている、と病院関係者は見ているらしい。身体をこわさないように願うのみである。
 私たちがPerthに来た頃、Yukiちゃんは私立高校の生徒であった。物理の問題について尋ねられたこともあった。日本人の家庭は、家で日本語を話すので、子女は学校の勉強には人一倍の努力がいる。いずこの国の勉学の基本は国語の力であるからである。

2007年12月31日記

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12月30日 Santa Claus in Perth

Santa came from Norway

Santa listening to the Music

Receptionist Santa

Hello Santa

Santa coming out from a chimney

On the North Pole

Santa riding a sleigh

Santa giving presents

Santa operating North Pore Express Train

Santa clibming wall to the roof

Santa riding a sleigh


2007年12月30日記

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12月28日 Alston’s Cartoon

 26日のBoxing DayTVFremantleの百貨店Myerの混雑振りを放映した。開店を待ちかねた大勢の人が売り場に殺到する風景である。例年、クリスマス後のBargainを当て込んで各商店に買い物客が押しかけるが、今年は一段と過熱している。かっての、どこかの国の風景である。
 オーストラリア経済は好調である。特に、WA州は鉱山関係がその牽引車である。住宅が足りない。やや、下火になったとはいえ中古不動産市場は好況である。今、大手の銀行の定期預金の年利は7.5%である。
 オーストラリアでは自分の住んでいる家を売った場合、譲渡益には課税されない。また、購入者は不動産屋に手数料を払わなくてもよい。投資を目当てに、銀行から金を借り、購入した家を一年後売りに出す。この繰り返しで、財を築いている人が多い。バブルがいつはじけるか、と見ているがなかなかバブルは硬い。
 日本の超低金利資金で、日本の不動産市場で利益を上げている外国人がいる。なにしろ世界にまれな日本の低利率資金が狙われているのである。

 28日のAlstonの風刺画、平凡であるが世相を表している。Bathersを取り上げたところが面白い。

2007年12月28日記

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12月27日 Bloody Hot Xmas

 今年のクリスマスはとても暑い日が続いた。
 クリスマス・イブの日はライン・ダンス仲間、Pamの誕生パーティがあり、午後7時半ごろPerth空港の南に位置する彼女の家に行った。日中、37- 38度あった熱気も下がり、不愉快な暑さではなかった。Pamの家の付近の歩道は樹木が茂り、車道の真ん中に、ところどころ、大きな樹木があり、アスファルトのほてりを防いでいる。
 でも、パーティの途中で、直径1メートルぐらいの大きな換気扇を運びこみ、風の流れを作った。空気が乾燥しているので、風の流れがあると快適度は上がる。
Party風景

 クリスマスの日はとても暑かった。午後4時、最高温度は40.7度と発表された。この暑さは1968年以来、史上2番目の記録である。と、言っても、一週間前から、12月25日(火)Christmas Dayは38度、26日のBoxing Dayは40度と予想されていたから、人々は暑いことを覚悟していた。挨拶に“クリスマスは暑いそうですね”と言う人が多かった。
 オーストラリアの天気予報はBureau of Meteorologyから発表される。毎日、TVや新聞の天候欄に、各地の天気と最低、最高温度が示される。また、Perth Seven-day Outlook欄に一週間の天気と温度が予報される。かなり正確な予報なので、感心させられる。
 Boxing Dayは親戚や友人がクリスマスのBOXをプレゼントをする日である。私たちをJapanese Parentsと呼んでいるLyndieMills家がOpen Homeするからとよばれていたので、午前11時に車で行った。歩いて行ける距離であるが、道路は熱いフライパンの底のように暑いのでとても歩けない。くるまのRoofで目玉焼きができそうだ。
 でも、Mills家の中はまずまずの温度に調整されている。Alanが言った“Weather Bureauの発表では、Perthの気温はすでに42度を超えている“
 昼食にBQQでもしようかとAlanが言ってくれたが、だれもBackyardに出る勇気はなかった。
 帰路、MullalooShopping Centreに寄った。午後1時過ぎ。この時Perthの気温は最高となり、44.2度Cと発表された。熱気はWA州の北部、中部のDesertで熱せられた空気が気圧の谷に沿ってPerthにやってくる。
内陸方向の空

 午後7時のNewsThe Hottest Spot on the EarthPerthの気温を報じた。

2007年12月27日記

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12月14日 Dwellingup Cherry Tour(続き)

イタリア系の人が開いた果樹園
 関西生まれ、関西育ちの私にとって、さくらんぼは馴染みの無い果物であった。我が家にあった山桜の小さい実などは食べられたものではなかった。
 生まれて初めて、おいしい沢山のさくらんぼを食べたのは2005年の12月であった。ラインダンスの仲間のMaryが私たちに綺麗な贈答用のBoxに1Kgほど入ったさくらんぼをPresentしてくれた。その後にMaryの家でのパーテーに招かれ、1泊させてもらったことがある。栗の季節であった。大きな果樹園を営んでいて、リンゴ、杏、さくらんぼ、栗などの果樹が育っていた。Maryもご主人のPeterも親がイタリアからの移民で、果樹園を営んでいて、それを後継していることを知った。
 先日、Cherry Tourの際、Driver、兼GuideChrisJarrahについて話したとき、興味あるLocal Historyを説明した。
 第2次世界大戦で捕虜となったイタリア兵、ドイツ兵はオーストラリアに連れてこられ、Perthの南、内陸よりのJarrahの森林で伐採に従事していた。Jarrahの木はイギリスなどに輸出されていたのであった。戦争が終わって、捕虜は一旦帰国したが、一部のドイツ兵、イタリア兵がオーストラリアに移住してきた。彼らはJarrahの潅木地帯の様子を知っているので、丘陵地帯を開墾して果樹園を開いたのである。
Rock fill Dam
 浜松に住んでいる甥が砕石で覆われたダムの写真をみて、North Dandalup Damの形式はロックフィル・ダムで、日本では珍しいタイプと言ってきた。そう言われてみれば、その昔、いろいろなダムの形式を学んだことがある。
Tamara Parkの海岸線

 オーストラリアでは砂利交じりの土を固めた道路があり、Gravel Roadと呼んでいる。硬く締まっているので、大型のトラックが高速で走ってもびくともしない。Rock fill DamGravelで、突き固めているので強固であるが、透水性があるので、ダムの中心にある粘土質の土が重要である。Perthの近くに大量の粘土が採掘できる地層があるのだろうか?興味ある課題である。

2007年12月14日記

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12月13日 Dwellingup Cherry Tour

 さくらんぼの季節である。これはVillageの掲示板に張られたTourの案内である。

 St. IVES村はバスを仕立ててDwellingupに出かけた。快晴、暑からず寒からず、絶好の行楽日和である。VillageからDwellingupまで(地図の上端、左に位置から下端、右に位置)130-140Kmの距離、2時間足らずの行程である。

North Dandalup DamMorning Teaになった。

 Driver、兼GuideChrisTeaの準備をしてくれた。この写真から分かるように、Tourには男性が5人、女性が多いのが分かる。
背景はDamの堰堤。

 North Dandalup DamPerthの水源の一つで、堰堤は土盛りで、表面に花崗岩の砕石を置いていることが分かった。


 同行の元、Mechanical Engineer氏に確かめたところ。Gravelで固めていることが分かった。当然、Overflowの水路は堰堤の端にある。Chrisの説明では、10年ほど前に一度Overflowしたことがあった。
 Perthの南西、内陸よりの土地は果物の栽培に適している。PlumNectarineも旬である。バスの車窓から赤いさくらんぼの実をつけたTreeを見つつ、或る農園の集荷場に行った。さくらんぼがPlasticの箱に入って並べられていた。熟れたさくらんぼの色は紫がかった赤である。1箱、500g、10ドルである。PlumNectarineも完熟なので美味しい。

 昼食はDwellingup Community Hotelの食堂で取った。この付近はJarrahの木が多い。直径1.8mものJarrah Logが展示してあった。


 Jarrahの木はとても硬くて家具の材料として重宝される。また、Jarrahの大きな木屑はマキ・ストーブに最適である。何しろ灰分が少なく一冬ストーブを焚いてもごく僅かの灰がストーブの底に残るだけである。
 帰路、イチゴ栽培農家にも寄った。イチゴ、野菜類を買った。予定通り、午後4時、Villageに戻った。買い求めたさくらんぼ、果物、蔬菜類は、新鮮で美味だったことは言うまでもない。

2007年12月13日記

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12月10日 久しぶりのMindarie Keys

 12月9日(日)、午前3時、2ヶ月間留守にしていた我が家に着いた。午前中にWanneroo Marketに野菜、果物、魚の買出しに行くべく車のエンジン・キーを回したが、カチカチと音がするだけ。階下の住人、Jackの車を借りてエンジン・スタート。30分ほど車を走らせるべくMindarie Keysに行った。
 雲ひとつ無いPerth晴れ。我が家から20Kmほど北に位置するMindarie地区は自然と住宅街とのすみわけがクリアーである。Mindarie Beachに着いて、南を眺めると海岸線に10Kmほど沿ったTamara Park、北は自然の地形を巧みに利用したMarinaである。
Tamara Parkの海岸線

Mindari Keys Marina風景

 Keyの先端で造成工事が行われていた。公水面に接した土地である。10年ほど前、このような土地に三階建ての豪邸を新築し、家の庭先に数人乗りのBoatを係留し、イセエビ漁を楽しむCouplePartyに招待されたことを思い出した。若い中国系アジア人の奥さんはTAFEClassmateであった。年配のご主人はイタリアからの移民であった。

2007年12月10日記

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10月5日 Royal Show

 このShowは日本流に言うと、“農牧祭”である。初めてPerth Royal Showに行った拾数年前の様子を今でも思い出す。オーストラリアならではの、いろいろなShow、展示があり、非常に印象的であった。
 Showで見た馬、牛、綿羊、山羊、鶏、豚の種類の多さに驚いた。例えば、大きな建物の中には数拾種類の鶏がケージごとに入っていた。丁寧に観察すると1時間はゆうにかかる。馬、牛、犬の品評風景を眺めるのも楽しかった。そして、そこここの建物でMilkや乳製品の試飲・試食が出来た。
 また、Fishery Departmentのブースでは、WA沿岸の魚介類を展示パネルで紹介し、希望者にはCrayfish(イセエビ)やAbalone(アワビ)が捕獲できる最小寸法を測るゲージを渡していた。ここでは、郵便局でいくらかのお金を払えば、イセエビやアワビの捕獲ライセンスが入手できることに驚いた。
 これまで、見物のために数回、Royal Showを訪れている。見物ではなく、中央グラウンドでラインダンスを踊ったこともある。Perthの各クラブが寄り集まって。
 事故を目撃したこともあった。グラウンドの四方から2台づつ、計8台のパトカーが高速で中央に向かいすれ違うShowで、2台が接触した。運転者を救出しようにもドアーが開かない。救急車や作業車が来て大騒ぎになった。もし、West紙の漫画家、Alstonが見ていたら、面白いCartoonを描くと思った。
 農業機械の展示場がある。また、骨董的な各種エンジンを並べて動かして場所もある。こちらでは古いものを大切に扱うことがわかる。また、いろいろなタイプのCaravanの展示コーナーもある。2001年に、私達は、ここでA-vanと言うタイプの小形Caravanを買った。特別割引があったからである。
今年のRoyal Show会場案内図(左半分)

(右半分)

 Royal Showの中身は年毎に変わってきた。最近は子供の乗る遊機具とShow Bagが賑わってきた。学校が春休みに入ったので、子供たちの中には、奇抜な格好やFace Paintingをして会場に現れる。肖像権の問題があるので、断り無しの写真に撮れない。
 9月30日のSunday TimesShow Bagsの店の前にいるGirlsの写真を見た。記事のHead LineFlu scare doesn’t stop a good Showである。TVでのNewsで、厩舎付近にたち入るのは制限され、それに消毒せねばならないことを報じていたが問題はなさそうである。
Sanday Times紙に載った写真

 Royal Showについて、The West紙(Saturday 29 September)は”Royal Show gets under way as young adrenaline junkie give new sideshow attractions the thumbs-up
 Take a thrill ride into Chaos
Head Line.で、遊機具の写真、特徴を説明している。
The West紙に載った写真

 Sunday Times紙はNews Reviewで、各種遊樹具に乗り、写真とともに採点したScare Factorを発表していた。遊機具名と採点(10点満点)
 Chaos 6.5/10  The Claw 7.5/10  Mega Drop 9/10  
 Splash Down  7/10  Nitro 8/10  Power Surge 6.5/10
 Rage 6.5/10   Ranger  7/10
 Scare Factor No.1Mega DropFee $8、12人乗り(3人ー4面)45の高さから地上に1.8秒(204km/h)で落下する。地上に達した瞬間の写真を見れば、サングラスを掛けた少年がいる。これを見ると、落下する距離にScareを感じるのだろう。
Mega Drop Ride

 何年か前、Las Vegasで、ビルの屋上に取り付けられた遊機具に乗ったことがある。乗った座席が夜空に向かって飛び出すのである。その時、メガネをはずすよう言われた。上昇の加速度が大きいからであろう。どんな遊機具か知らずに乗った結果、最初の上昇と下降時には目を開けていられなかった。Las Vegasの夜景がはっきり目に入ったのは、上下の往復振動がゆるくなってからである。そして、もう、2度とこの種の遊機具に乗るまいと、思った。

2007年10月5日記

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9月30日 Congratulations

 村人に配布されるNEWS (St IVES Northshore Friday 28th September 2007)に、私たちのラインダンス・コンペ入賞の祝辞があった。

 本館内の掲示板には、私たちがコンペで頂いたTrophyMedalの写真、それに入賞記録が貼ってある。いろいろな方が“Congratulations”と挨拶される。中には郵便受けにCardを入れて下さる方もいる。私たちのActivityを喜んでくださるのはありがたい。


 そもそも欧米風のダンスに対応できる遺伝子を持たない私たちにとって、ダンスの練習は辛い側面もある。しかし、コンペ・ダンスの目標を無くすることは精神的、肉体的退化に結びつくは明らかである。
 身体が練習に耐えられる間は毎年2月に発表されるUCWDC(United Country Western Dance Committee)Rise & Fall LiltSmoothCubanNoveltyIntermediateAdvancedクラスの難しいダンスに挑戦しようと思う。

2007年9月30日記

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9月29日 Bus Trip to El Caballo Resort

 9月21日(金曜日)St.IVES村の日帰りバス旅行でEl Caballo Resortに。何年か前に行った方から。El CaballoのShow、Dancing Horsesは楽しいと、聞いていたので2ヶ月ほど前に予約していた。
St. IVES村の入り口にバスが停まり、Driver、兼Guide、兼Morning TeaServerが村人を待っていた。午前9時21分

行き先はPerthから東方向の丘陵地のResortGreat Eastern Hwyから少し入り込んだところ

Morning Teaのために立ち寄ったMundarin Weir。大きな堰堤。10時50分着

堰堤の下

高い煙突、かって、送水用ポンプの原動機を動かしていた遺物

案内掲示板(部分)

 ここに来る途中、2本の大きな径の送水パイプを見かけた。そしてGolden Pipe Lineの表示板、ここから約600Km離れた金鉱の町、Kalgoorlieに送水されている。
Morning Teaが済んで後片付け、11時10分

El Caballo Resort着、12時14分

食堂で大勢の観光客とともに食事、そしてEl Caballo Bloncoの観覧席に、午後1時半

グランドを駆け回る馬は白馬、しかし、純白でない。その昔、フランスでよく見かけた灰色がかった馬

いろいろなHorse Showがあった。

Paso Dobleの音楽に合わせて踊った騎士と馬がもっとも印象的であった。

観客に挨拶する白馬

SpainCowboyと紹介された馬使い

 6頭の馬のShowの中に、御機嫌の悪い馬が1頭いた。女性騎士をなめたか、指図に従わない。私たちが以前、WannerooBushの中でHorse Ridingした時も、このような出来事があった。馬も馬の子である。
Showが済んで、騎士の一団と写真を撮る人がいた。午後3時40分

 Costは一人$53.楽しいBus Tripでした。

2007年9月29日記

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9月27日 Fremantle Masters Games 2007

 35歳以上の成人が参加するMasters GamesFremantle予選が9月22日および23日に行われた。陸上競技、水泳、テニス、ゴルフなどSports全般をカバーする競技の中にダンス部門がある。さすが、Fremantleは伝統的にダンス熱の高い街である。
Town Hall

 23日(日曜日)、ダンスの競技がFremantle Town Hallで行われた。ダンスの種目はBall Room Dance、New Vogue、Latin、Rock and RollそしてLine Dancingなど多彩であった。格調の高い伝統的なスタイルのダンスから、観客を大喜びさせたCombined FreestyleでのAcrobaticな踊り?など競技は37種目で争われた。
 この中でLine Danceはやや異色である。従来の腰に手を当てて踊るスタイル、手の動作を伴わないダンスである。Line Danceが始めてFremantle Mastersに組み入れられた2001年の大会に、私達はBeginnerとして参加した。その後、Line Dance部門が無く、今回6年ぶりであった。
 私達はこのMastersDance部門で、いろいろなスタイルのダンスを拝見できる楽しみで参加した。しかし、9月1日に行われたUCWDCMock Competition、9月22日のWild West Stomp 2007と大忙しで、Mastersの課題Solo Danceを練習する時間が取れず、一夜漬けの練習だった。発表されていたダンスは“ I don’t feel like dancing”“ Candy man”であった。
 MusicCandy manはモダンなダンスに向くリズミカルな音楽である。Fremantle MastersでもSocial FreestyleLine Danceで採用された。が、その踊り方は対象的である。従来からのLine Danceは腰に手をあて、Country BootsCountry HatそしてJeansCountry風のシャツを着てステップは床に踏みつける。いわゆるStompである。
 私たちの住むVillageCare Taker夫妻が会場に来られ、ダンス競技の写真を撮った。お借りした写真をお目にかける。
Ball Room Dance

Latin Dance

Rock n' Roll

New Vogue

Line Dance - Team


2007年9月27日記

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9月21日 他人のふところ

 The West Australian紙に載ったDataである。各職業の平均的な週給であるが、同じ職種の中でもバラツキがある。またProfessionOrderを日本の場合と比較すると面白い。
 私たちがTax Returnで、毎年Accountantに支払ってきたFeeも今や100ドルを越えた。毎年のReceiptを調べると興味あるDataになるだろう。

 このDataArticleHead LineBlue-collar skills narrow pay gap with professionsである。この表には記載が無いが、WAでもっとも週給の高いのは北部の鉱山・天然ガス田や鉱石積出港で働く人たちである。週給4000ドルで4週間働き、2週間の休暇でPerthに戻る。体力が資本である。
 今、WAは金属類の高騰で潤っているのである。が、何故か州政府はRatesを上げよう、上げようとしている。

2007年9月21日記

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9月19日 EaglesがMagpieに負けた

 先週、金曜日(14日)夜、St IVES Entertainerの発表会が延期になった。本日19日に。その理由はAusie FootballのTV放送があるからである。
 Perthに本拠を置くWest Coast(ニック・ネーム:Eagles)とVictoriaMelbourne近郊のCollingwood(ニック・ネーム:Magpie)との試合が、PerthSubiaco Ovalで行われるからである。
 Aussie Footballは文句なしに面白い。ルールらしいものが無いので?、わかり易く、それに競技の中断が極めて少ないからである。Australiaでは、ダントツの人気スポーツである。
Ovalの両サイドに4本のPoleがある。その中央にキックしたボールが入ると6ポイント、その両側に入ると1ポイント。Ovalには双方合わせて32人の選手が入り混じる。肉弾戦でもある。

キックは足首で行う。すごい距離を飛んでゆく。

Fair Catchするとキック権が与えられる。

グランドに転がったボールは捕らえがたい

 Ausie Footballの上位8チームはトーナメントによって、その年度の覇者を決める。昨年はWest CoastがGrand Finalに勝ち、No1となった。今年はシリース終了の時点で3位。Perthのフアンはトーナメント試合に期待した。トーナメントには敗者復活戦がある。つまり、AwayHomeで試合が出来る仕組みになっている。巧妙な収益戦略である。が、試合日程が前広に決まらない。したがって14日のSt IVESの行事も急遽順延となった。
中距離のパスは手首で

 Aussieのほとんどの家庭は、先週金曜日(9月14日)夜はTVに釘づけになったと言ってよい。夕方、6時のNewsSubiacoOvalに入る人を映していた。PerthのフアンはWest Coastのチーム・カラーである黄色のジャンバーや上着である。
 試合は72点の同点。延長戦になった。が、EagleMagpieに負けてしまった。どうも、今年の後半に入ってからEaglesのチームの力が無くなってしまった様に感じられる。
Magpieが勝った瞬間(選手はMouth Pieceをつけている)
West Coastは敗者復活戦にも敗れた

 EagleMagpieAustralia全土に分布している野鳥である。Eagleが森の中の枯れ木の天辺に止まっているのをしばしば観察した。Magpie Larkは近くの公園などで見かける鳩どの大きさの鳥である。
Magpie Lark

 EaglesCaptainだったJuddWest Coastを離れることがNewsになった。The West Australian紙、17 Septemberは表紙、最上段に“Judd bombshell ‘nothing to do with Eagles’ off-field dramas”、そして彼のPlay中の写真が載った。Alstonはファンの気持ちを汲んだCartoonを描いた。

 PerthからMelbourneに向かうにはSouth Australia州を通過しなければならない。州境にに検問所がある。WAから果物、野菜、ミルク、蜂蜜などは持ち込めない。私たちは2003年、このBorderを通ったとき、持ち込み禁止品は一切持っていなかった。当時、隣家の医師からBorder Securityの厳しい経験談を聞いていたからであった。とにかく、Australiaの農産物に対するGuardはきわめて固い。

2007年9月19日記

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9月17日 物価上昇

 Tasmaniaに住んでいる友人からMailが来た。ひと昔前、Perthの物価は安かった。例えばWanneroo Marketで、青リンゴ(Granny Smith)はキロ65セントだった、と。
 15日の土曜日、Wannerooに行った。2週間ぶりである。WAのラインダンス・コンペが迫ってきたので、8日、土曜日の朝、買い物に行かなかった。午前中、St IVES村のLoungeの板の間で、ダンスの練習をしたからである。
 ある店のリンゴの値段をメモってきた。Pink Ladyがキロ2ドル49セント、Fujiがキロ2.99セント、Sundownerがキロ1.49から2.49、Granny Smithキロ1.49、Golden Deliciousキロ1.99、Royal キロ1.99であった。
 私はキロ3.99の大ぶりのFujiを7個買った。7ドル70セント支払った。Fujiは2週間ぐらい保存できるからである。前の週、11日の火曜日、2007年Tax Returnの書類作成のため、AccountantH&R Block事務所)に行ったが、帰りにKarrinup Shopping Centreに寄った。Woolworthで大ぶりのPink LadySpecial Priceキロ3.99で店頭に出ていた。Superでのリンゴの価格は、通常キロ5ドルか、6ドル台である。数個買ったが、美味しかった。リンゴには小さなラベルが貼られていた。WA Grownと。
左はPink Lady、2日(日曜日)購入、キロ2ドル台。右はFuji、キロ3.99ドル

 リンゴとジャガイモを買うのは私の担当である。ジャガイモは毎朝、Baked Potatoにするが、Royal Blueがもっとも美味しいので、毎週これを15、6個買っている。品質、大きさによって値段の差がある。店によって、キロ1.99から2.49と。小ぶりではあったが、新しそうなBlueの袋入りから、大きそうなものを16個選んだ。3.70ドルであった。
 イチゴは大きい目のパック入りで、1.49から3.49の間、2.99キロを買う。キウイは1個49セント。1ドルで4個、あるいは5個の店があった。
 スイカは赤いものがキロ1.99ドルであった。黄色は出ていなかったが高い。
 バナナはCarnarvon (Perthの北1000Kmほど)産が小ぶりで、美味しい。キロ2.79である。色が青いので今シーズンの初物か。先々週まではキロ4ドル台であった。バナナの値段は、先年の大きな暴風雨で、オーストラリア中のバナナの木がやられて、高値のままだった。
 Wannerooの魚屋さんでWhitingを4匹買う。私たちがその昔WhitfordBeachで釣っていたものより一回り大きい。それとインド洋の鯵1匹。
Whiting(キス)、新しいので、結構値段は高い。

 その他、野菜、豆腐、卵、など。それにBacon12切れ、5ドル20セント。
 約100ドルの買い物であった。以前、多量の果物、野菜類、卵を買っても、せいぜい30ドルぐらいだった。物価はその昔に比べて2倍ほど上がった気がする。
 不動産の価格が過去6年間で2倍になった。銀行の短期の定期預金の利息はいまや年6%台に上がった。オーストラリアはインフレなのである。

2007年9月11日記

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9月15日 Japanese Overtake

 Sunday Times(September 9 2007)の記事のHead Lineである。日本の車の売れ行きを追い抜き車線、Overtaking Laneにかけている。副題はIt’s football, meat pies, Kangaroos and Toyotasである。これらは人気があるという意味なんであろう。
 Holdens and Fords are no longer the most popular cars in Perth as motorists are turning Japanese.の書き出しで始まった。表はThe Australian Bureau of Statistics dataで2006年と2004年を比較している。The Big FourはHolden, Ford, Toyota, Mitsubishiである。登録台数の右の(   )の中はSuburb(地区)である。この表を眺めると、いろいろ勝手な想像が出来る。Porscheの登録は大豪邸地区である。

 昨日、Whitford Shopping Centre内の通路にMitsubishiUte (Utility Van)が置かれRaffleの対象になっていた。三菱のUteは珍しいのでデジカメに収めた。$3でチケットを買うと、運がよければこのUte($65,000)が当たる。


2007年9月11日記

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9月14日 POST(郵便局)でDriver’s Licence 更新

 昨日(9月13日)、新しいDriver’s Licenceが郵送されてきた。普通郵便で送信元の記載が無く、ただIf not claimed within 7days, please return to GPO Box R1290, PERTH 6844と封筒の左肩に記されている。封筒の中身がわからないようにして送ってきた。安全のためである。
 2007年10月1日から3年間有効である。75歳までは5年間有効のDriver’s Licenceを取得していた。今回が2度目の更新である。
 7月上旬、Driver’s Licence更新の案内が来た。75歳以上は医師の診断が必要なので、同封の申請書類に記載の上、医師の診断を受けることとあった。早速、かかりつけのGP(General Practitioner)Bock医師の診察予約をした。
 7月16日(月曜日)近くのWhitford Medical Centreに行き、Bock医師に用件を言った。先ず、日本で医師に血圧が少し高いと言われたので、薬を飲んでいるが、その薬が残り少なくなってきたので、その薬が欲しい旨言った。血圧を測り、聴診器で診察の後、処方箋を書いてもらった。
 次はDriver’s Licence更新のための検査である。入り口のドアーに立って、検眼用のChartを読めと言われた。最初、小さなAlphabetの列を示されたが、途中で字がはっきりしない。つまったので、2段上の大きな字の列を読まされた。診察結果は医師の方から免許更新センターに送られる仕組みになっている。
 9月上旬、免許更新センターから書類が届いた。書類にサインをする箇所が2箇所、更新手数料は2008年10月1日までの1回払いで$36.60である。あるいは,2010年10月1日までの3回払いで$69.60である。
 裏面に細かい字でいろいろなことが書いてある。それを読むと、免許の更新は郵便局(POST)でも出来ることがわかった。5年前は、車で15分ぐらいかかるJoondalupの運転免許センターに出かけたが、近くのShopping Centreで免許更新が出来るのはありがたい。
 9月7日(金曜日)、POSTに行った、10箇所ぐらい窓口があるが、左の端にカメラがある。パソコン用のデジカメに似た簡単なカメラである。そこに、すでに二人の人が待っていた。どの窓口でもよいから、手数料を支払えば、その窓口の人がカメラのところへ行って撮影してくれることがわかった。特に、担当者を決めていないところがオーストラリアである。撮影が終わってから、10日ほどで新しいDriver’s Licenceが自宅に届くことがわかった。
 初めてAustraliaDriver’s Licenceを取るためにWarwick警察署に行ったのは、1997年8月のある日であった。窓口で、“Driver’s Licence を取るために、参考になる規則集があればいただきたい”と言った。窓口の人は、142ページの冊子をくれた。

 当時、国際自動車運転免許証を携帯して運転していたが、かっきりAustraliaの交通法規を勉強する必要性を感じていた。Perthに何年か住んでいる日本人の方々に運転免許証の取得について尋ねると、異口同音“難しかった”とおっしゃるだけである。日本人の常で、何が難しかったのか、はっきりしない。何回か試験を受けたが駄目だった人のために、Oralで試験をしてくれるCentreがPerthの市内にあることがわかった。
 9月末から10月の始めにかけて、Wild Flower ShowPerth Royal Show(農牧祭)がある。その時期、親戚が新築の我が家に滞在する予定になった。それまでに、Driver’s Licenceを取っておこうと、Warwick警察署脇にあるCentreに行った。
 係りの女性は一人、受験者に問題を手渡してくれる。近くに乳母車に幼児を乗せて、あやしながら受験している女性が目についた。係員は何時間後に提出してくださいとは言わなかった。問題は各自異なっているらしい。
 当時、オーストらリアのDriver’s Licence試験が難しいことを或るTV局が話題にした。30問のうち27問、正解でOKなのを知っていた。問題は30問、4択である。正しいものを一つ、あるいは正しくないものを一つ選択して答案用紙の枠に番号を記入するのである。
 ところが一問の中に含まれている四つの文のすべてが異なった範疇の問いである。これは120問の問題に相当する。1時間を過ぎた頃に30問の答えを書いた。一つの文章を約30秒で正否を判断したことになる。どうしても一問、問題の意味が完全に汲み取れなかった。
 かたわらで受験していたYasukoに提出しようか、とサインを送り試験室を出た。すぐに採点してくれた。私の前に答案を出したオーストラリア青年は駄目だったらしい。私は3問ミスった。が、YasukoともどもOKであった。昔から、ぎりぎりで試験に受かることが特技?だった、ことに変りが無かった。

2007年9月14日記

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9月13日 APEC 2007 Sydney

 いろいろな話題をまいたAPEC Summitであった。
 ABC TVThe West Australian紙に大きく取り上げられたのは、Bush、ロシアのPutinそれに中国のHo Jintaoであった。BushFree Trade Accord、PutinはオーストラリアのUranium資源の確保、中国のHoは鉄鉱石と天然ガスの更なる取引が狙い目である。HoはそのためにPerthにもやって来た。
 日本の安倍首相はTVに写らないし、新聞にも出ない。本当にSydneyに来ているんだろうか?Green Peaceの連中が捕鯨禁止のプラカードを持ってAPEC会場周辺に押し寄せれば、首相の写真が出るかもしれないなど、勝手な想像。
 TVに写ったシーンを見て、BushBushPush Bike(自転車)と私たち視聴者も語呂合わせをして、楽しむこともあった。
 Sunday Times September 9 にリラックスした首脳たちの写真が載った。PutinBushの間にいるタイ国の首相Generai Surayud Chulanontの笑顔、さすが外交にかけてはしたたかな国の代表である。日本の首相はお坊ちゃん育ちなので、このような中に立ち入ってゆく器量に乏しいようである。

 奇抜な市民の反応があった。女性の集団がお尻めくりをして、お尻に書いたWordsを見せるシーンがあった。が、まじめな集団の抗議が多かった。その最たるものはSchool students swell the ranks of protestersHead Line(The West 6th September)で紹介されたが、約300人の生徒が学校を無断欠席してデモに参加した。

 傑作はChaserのメンバーのAPEC Zoneへの侵入である。オーストラリアの公共放送ABC局の人気番組で、毎週水曜日、夜9時から30分、The Chaser’s War on Everythingのタイトルで放映している。奇想天外の行動性、矛盾に焦点を当てる切込みの深さ、皮肉な表現力に私たちも欠かさずこの番組を見ている。
 彼ら、コメディアンたちは堂々と自動車にカナダの国旗を掲げて2箇所の検問を通過、APEC Zoneで警察に捕まったのである。要人宿舎のごく近くで。このNewsは世界中に広がった。NSW州の警察長官はカンカン。でも一般市民の判断はStrict Zoneに入ったのは悪いが、悪意があるわけでなし、大目に-----と言ったところ。10月、裁判所でこの件の審議が始まる。
堂々とした態度で2箇所の検問を通過

要人宿舎前で警察に捕まった

コメディアン、Liccciarddelloの扮装

首に掛けていたID

ABC TV局の声明

 APECが済んで、背の高い金属フェンス、大きなコンクリート・ブロックの撤去を見た市民は要人の過剰警備を批判した。お金をかけ過ぎだ、と。
 The West紙はChaserの行動を新聞記事にしなかった。付録のTodayのGossip欄に事件を簡単に紹介しただけであった。(Friday September 7 2007)

 AlstonCartoon(Saturday September 8)APECの総括をした。彼の鋭い観察力が随所に読み取れる。

 安倍首相の写真がやっと新聞に出た。4日(月曜日)The West紙にJapan, Australia closer security linksのタイトル。Howard首相の傍で書類にサインをしている。

2007年9月13日記
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9月12日 春の海

 9月2日(日曜日)早朝、久しぶりにBeachに行った。前日、ライン・ダンスのコンペが済んだ開放感もあって砂浜を歩く気分は爽快。
砂浜に残る足跡、砂浜の勾配は年々大きくなってゆく?

朝陽に照らされる波頭、この波頭の下の海底に段差がある

 冬の間ひっきりなしにやって来た低気圧が、この時期中休みをする。早春である。春のうららの---------である。しかし、砂浜はところどころ大きくえぐられている。冬の海が荒れた証拠である。砂浜は冬の間、侵食される。
 WAの南部、インド洋と南氷洋が交わる付近の海岸は特に大きな波が発生するので、世界的レベルのSurferがやってくる。9日のSunday Timesに乗った写真をご覧ください。


2007年9月12日記

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9月11日 911

 電話番号911は,USAEmergency Callである。この番号を意識したのは2001年8月ごろ、初めてLine DanceCompetitionEntryしたときであった。Beginnerのダンスと当時、私たちのInstructorであったOutback ClubDavidが振付けたChoreographのデモ・ダンスをクラスメート4人で踊った。
 Davidは、音楽Nine-One-Oneにラインダンスを振付け、そのダンスの名前が911であった。32ステップの初心者向きであったが、一箇所だけ戸惑うステップがあったことを覚えている。Nine-One-Oneには他にも振付けた人がいたので、Perthの他のClubでは違うステップで踊っていた。
 次は、先日のThe West Australian紙に載った写真と記事のHead Lineである。Hijackが起こった日9/11Emergency Call 911の不思議な一致に気づかれたでしょうか。


2007年9月11日記

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9月10日 Kings Park Festival 2007

 8月下旬、土曜日の新聞の折込の中に、小冊子Kings Park Festival(Wildflower September)があった。Perthの春はWild Flowerで始まる。今年の目玉はBloom into Japanese cultureであることを知った。
 Perthに日本人のコーラス・グループ「なでしこ」がある。9月2日と9日の日曜日、昼ごろ半時間、Botanic Garden内のStageで合唱することがわかった。Perth市内での用事もあるので、9日の日曜日はKings Parkに出かける予定をたてた。
 日曜日のWhitford駅前の広い駐車場はガラガラである。電車の券売機で、Perthまで、3 Zoneのボタンを押した。金額$4.20である。7月1日から値上げになった。オーストラリアは今、インフレなので、物価の値段は上がる一方である。
 Perthの駅の案内所で、Kings Park行きのバスを尋ねた。St. George Terracesのバス停で乗ればよいことがわかった。バスは空港、国内線Terminalからやってくる。日曜日は1時間に一本で、数分後にバスがくる。バス停まで数分間、急いだ。
日曜日の午前、Perthのビジネス街は閑散

 バスに乗るとき、運転手にWhitford駅で買ったPerth行きの切符を見せた。2時間以内であれば、電車、バスの乗り換えが何回でも出来るからである。運転手がチョト変な顔をした。そうか、Perthの市内バスは無料なのである。
 何年かぶりに訪れたKings Park。大勢の人が春の雰囲気を楽しむために来ている。
 次の写真でKings Parkの春を感じてくだされば幸いです。
案内掲示板

Swan Riverを眺めつつ

WAの北部、Kimberleyから移植したBoab Tree

Kangaroo Pawを眺めながらの散策

Waxesの紹介板

Waxの木も花盛り

噴水を眺めつつ、しばし憩う

親子で自転車

Choir Nadeshiko


2007年9月10日記

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9月 9日 The West Australian紙に掲載される写真

 日本の新聞との違いはカラー写真の数が多く、そして写真のサイズが大きいことである。したがって、写真には迫力がある。日本に帰ったとき見る新聞のカラー写真のサイズが小さいので、優れた写真でありながら訴求力不足を感じることが多い。これは日本の新聞のDeliveryに原因がある。配達員の負担を少なくするために、紙質のよい薄い新聞用紙に、分解精度の高いカラー写真製版を用いてい、新聞を軽量化している。
 10年近く前、The West Australian社を見学する機会があった。U3A(University of 3rd Age)なる団体に加入していた時期で、U3Aのメンバーたちと新聞社に行った。日本の新聞社は何十年か前に一度見学したので、頭の中はそれとの比較があった。
 The West社見学で受けた印象は、Hardware面では(1)大きなロール紙が沢山あること(2)3色のカラー印刷原版の重ね合わせ精度は低いが、ふんだんにカラー製版を作っていたこと(広告も含めて)であった。
 新聞はそこここにあるDaily(食料・雑貨店)、Petrol StationやShopping Centre内の店で売っているので、大部分の読者はそれらの店で、新聞を買ってくる。新聞配達業者もいるがDeliver Feeを払わなくてはならないし、薄いPlasticで巻いた新聞を車から玄関先に放り投げるので、新聞が傷みやすい。
 何しろこちらの新聞はページ数が多く、厚紙なので、買いに行く場合は重くてかさばる。特に、土曜日などは新聞を抱えるとずっしり重みを感じる。
 さて、新聞写真であるが、文句なしに楽しい写真は、Sports欄に多い。Aussie Football、Rugby、Cricket、Tennis、Horse Race、など動的なシーンである。
 先日、Tennis US OpenでのJessica Mooreの写真は素晴らしかった。特に、左手の手首、指に神経が行き届いているその美しさ! 紙面に載ったこの写真の幅はA4版の横幅である。このくらいの大きさになると写真を見る人にグッと迫る
Serena Williamsの写真(これは少し小さめであった)もあわせてご覧あれ。



2007年9月9日記

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9月 8日 今朝の虹

 本日(9月8日)、日の出は6時25分、この虹を写した時刻が6時44分である。ガラス窓に薄い黒色の反射膜が張ってあるので虹の7色はあでやかでない。それに、カメラを取り出した時、この虹は退色しつつあった。戸外に出ると、虹は消えていた。

 今まで、沢山の虹の写真を撮ったが、この虹の写真はもっとも半円に近い形状である。日の出から20分ほど経ち、太陽の位置が水平線に近いからである。
 Perthでは、雨がシャワー状の時、虹が出ることが多い。シャワーが局地的なので、太陽光がシャワーを照らすからである。いつぞや、結婚のお祝い会で、冒頭のスピーチをおおせつかった。日本ならば、“本日はお日柄もよくて-----”になるが、その時は“会場に来る途中、立派な虹が架かっておりました-----”になった。道中に見た虹が大きく印象的だったからである。Perthで、虹を冠にした会を開いた人がいたが、虹は格好が良いので、かく利用される。

 雨粒に入る太陽の光が屈折して虹が出来ることは初歩の物理の本に書いてあるが、虹の形状についての説明が不十分である。虹の形は必ず半円(真円を半分に切った形)以下である。そのためか、新しい説を唱える人がでてくる。例えば、「虹は本来丸いものである」とか。

 The West Australian紙に付随しているTodayのCoffee BreakページのBurning Qustions欄に虹の問題があった。ご参考まで。


2007年9月8日記

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9月 7日 Aussieが苦笑する時

 オーストラリアでは、小学校から外国語を勉強する。日本語を選択する生徒・学生も多い。このような背景があるから日本語に達者なAussieもいる。この人たちにとっては、毎朝5時25分から30分間放映されるSBS局のNHK News(前日、夜のNews)は有用である。

 9月5日のSBS TVに自民党島村元農相の談話が字幕に出た。“一円までほじくる時代になったかと嘆かわしく思う。もっと政治家は信頼が高くて、しかるべく信頼されていい存在”
 字幕を読み取ったAussie、“Oh! No.” ”一円だったら不正はOKで、一億円だったらNoと言いたいんだろうか“ ”オーストラリアでは政治家は信頼されない。今年初め、チャンネル・セブン局の世論調査で「信頼できない人の第一位は政治家だったこと」でもわかる

 Howard首相は身近に迫った選挙に備えてキャンペーンに出かけ、大衆と握手しているが、先日、このような画面で、人々の中から大きな声がでた。“Liar! You are!” と。これが、Australia庶民の多くが抱いている首相のイメージでもある。 ”ところで、このようなシーンを日本のTV局は放映するかね”“ ”いや、カットするだろうねと、返答した。

 9月4日のSBSTV局での放映、阿部改造内閣 相次ぐ辞任のテーマで、与謝野官房長官の談話があった。“残念ながら森羅万象全部分かるわけでなく、結果としては----”の字幕を見たAussieいわく“神のみぞ知る、ですかね。それも言うなれば、やおよろずの神ですね”古代日本について知るAussieもいる。“いや、参った、参った”

2007年9月7日記

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9月 6日 UCWDC Mock Competition

 先週、土曜日(1st September 2007Polish Club (Bellevue)で、 UCWDC (United Country Western Dance Council)のルールに添ったコンペが行われた。
コンペの会場、Polish Club


 オーストラリアでは,はじめてのUCWDCスタイルのコンペであったので、ダンス参加者は少数であった。来年9月、Fremantleで開催が予定されている第一回オーストラリア大会の模擬コンペとして行われた。
 USAからJudgeとして、John Robinsonが来た。彼はMr Showcaseのニック・ネームを持っている世界的ダンサー、振付師でもある。そして、パースのBenjamin SmartAssistant Judgeとして加わった。Benは今年18歳になり、UCWDCSuper Starになった。Ball room danceやライン・ダンスを教えている。
 コンペ参加者はNew Comer、Intermediate、Advanceで、Noviceの参加者はいなかった。Benはコンペに先立って、8月11日(土曜日)、Polish ClubWorkshopを開いた。Noviceの課題ダンスが主であった。そのときは、大勢の参加者がいたが、実際にコンペ会場で踊るとなると、腰が引けてしまったのであろうか---。
 今まで、腰に手を当てて踊っていた人がアームを自由に使うことがいかに至難の業であるか、経験者にはわかる。このむつかしさを、私達は2003年、Singaporeで行われた第一回Asian Pacific Line Dance Competition shipsでつぶさに経験したことである。
 手や腕の振りは難しいが,やってみると、そのほうが自然で、身体が開放されてのびやかに踊れる快感を覚えた。
 その後、2004年、Kuala Lumpurでの第二回Asian Pacific Line Dance Competition 、2005年Nashvilleでの世界大会、2006年Paris大会、そしてStockholmでの世界大会、2006年、東京大会を通じて練習を積んできたが、未だに、技量は未熟である。しかし、練習の効果が年齢による衰えを上回っていることが喜びであり、とてもこの時点で止められない。この歳で、どこまで目標(?)を達成できるかが楽しみである。
 次は、ビデオ・フィルムの映像から静止画を取り出したものである。
JudgeをつとめたJohn Robinson(左)とAssistantBenjamin


New Comerは三つの課題ダンスを踊る


New Comer、踊っているのはLilt


Intermediateは5つの課題ダンスを踊る。
踊っているのはNovelty。音楽は映画 GreaseSound Track"Lightning"


Advancedは5つの課題ダンスを踊る。
踊っているのはRise & Fall(Waltz)音楽はCountry Music "I'd Fall in Love" singer Anne Murray

 コンペそして表彰式終了後、JudgeJohnCommentがあり、それぞれのダンスについての問題点が指摘された。これは有意義であった。
 まだまだ、次の目標を胸に描きながら、会場から自宅まで40Km、車を走らせた。

2007年9月6日記
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8月27日 Multicultural city

 昨日のSunday Times (26th August)の記事
 Head LineWA’s little Britain
 Proof that we’re a true multicultural city with 236 nationalities and almost 10% of us English
である。(本文略)
 掲載されたMapDataを見れば、類を以て集まっていることがわかる。

 私たちが住んでいるSt.IVES NorthshoreEngland、Scotlandからの移住者が多く、これはPerth北部の傾向である。
 内陸部にはVietnamから移住者が固まっている地区がある。治安が問題のようである。
 第二次世界大戦後、WAにやってきたItalianFremantleに住んだ。Restaurantを経営している人が多い。
 SingaporeMalaysiaから来たChineseは南の内陸寄りに集まっている。ラインダンス愛好者が多い。これはSingaporeMalaysiaでの傾向と同じである。
 最近、South Africaから来た人が多くなっている。St. IVES村にも新たに住人になった人たちがいる。その人から聞いたSouth Africaの治安状況はここでは書けないほど悲惨である。
 私達はその昔、TAFEのクラスでRussia、Poland、Spain、Macedoniaなどから来た人たちと知り合った。そして文化が異なる人たちとの会話は楽しかった。
 Multicultural Nationは価値観が異なる人が集まるので、社会の不安定要素にもなるが、他方、社会が強靭になる要素にもなる。国家(政府)が上手くリードすると、たくましい国づくりが出来る。Australiaはこの道を歩んでいると思う。
 Australiaはすでに美しい国なのである。

2007年8月27日記

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8月26日 Travel(August 25th)

 毎週、土曜日のThe West Australianには沢山の付録がある。その一つにTravelがある。新聞にしては珍しくホッチキス留めで、30ページ足らずの紙面には国内外の観光スポットの大きなカラー写真がある。毎週、土曜日の楽しみの一つである。
 昨日、土曜日のTravelに、New ZealandMilford Soundの紹介があった。懐かしさもさりながら、Scenic TourとしてNew Zealandは世界中でもっとも素晴らしいところであると思う気持ちから、Travelに載った二枚の写真をここに転載した。

 写真のようなBoatSound内をまわってくる。クライマックスは滝の下にBoatが寄り、頭からしぶきを浴びつつ上を見上げて写真を撮る瞬間である。撮影している人の姿がとても面白い。

 誌面にNew ZealandTour宣伝が3件あった。その一つ、17日Tourで、一人$2,790からと、あった。ほどほど英会話が通じれば、現地参加のTourがお勧めである。

2007年8月26日記

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8月25日 Alston’s Cartoon(August 20, 21 & 22)

 洋の東西を問わず、政治家は清廉潔白を要求されるものらしい。先日、SBS TVNHKNewsで民主党議員の賭けゴルフを報じた。6年前の出来事らしい。こちらは、Labor Partyの党首、Kevin Roddが4年前、New YorkStrip Clubに行ったことが発覚、先週来、話題になった。当時、Roddは労働党の何番手かで、私は彼の名前を知らなかった。
 今やRoddは世論調査で、首相のJohn Howardを上回る人気で、次期の有力な首相候補である。
 先日、民放のチャンネル・セブンは電話による世論調査を発表した。Newsの時間の中で、チラッとこの問題に対するYesNoの数字が出た。首相としての資質に反するか、否かに対して、反しないが約70%であった。
 The West Australian, Monday August 20の第一面記事
 Rudd: I’m victim of Downer smear
 Labor has accused Foreign Affairs Minister Alexander Downer of dirty political tactics as Kevin Rudd described himself as a fool and a goose and said he had big error when he visited a New York strip club four years ago.(以下略)
 に対するAlstonCartoonHoward首相の心境を皮肉っている。

 Tuesday August 21 では
 Strip club visit may help Rudd, says WA senator
 Lavor’s only female WA senator said yesterday that revelations of Kevin Rudd’s drunken visit to a New York strip club four years ago may attract voters to the bookish Opposition Leader, especially in WA.
(以下略)
 WALabor Partyの力が強く、州の首相はLaborMr Carpenterであるので、このような強気の発言も出る。

Tuesday 21AlstonCartoonは次の記事に反応している・
 PM plans another future fund
 John Howard has flagged the creation of a new multi-billion-dollar Future Fund to pay for economic and social infrastructure such as libraries, town halls and sport stadiums, promoting claims he is copying Labor’s plan for an infrastructure piggy bank.
(以下略)
 PM plans another future fund
 John Howard has flagged the creation of a new multi-billion-dollar Future Fund to pay for economic and social infrastructure such as libraries, town halls and sport stadiums, promoting claims he is copying Labor’s plan for an infrastructure piggy bank.
(以下略)

 Road Trainを運転しているのはHowardである。通常、Road Trainは3両連結であるので沢山のPork Barrelを積んでいることになる。が、実際のBarrelはこんなに大きくない。Barrelは胴のふくれた樽で、石油の計量単位でもあり、35英ガロンに相当する容積である。
 Pork barrelは手元の電子辞書には“(議員の人気取りのために政府に支出させる)国庫交付金”とあるが、本来の意味は「use of such a barrel by farmers to keep reserve supply of meat」である。

 Wednesday 22 AugustCartoonは政党の人気取り政策を批判している。クラブの名前はPorky、踊り手はHealth、Education、Superである。与党のPrim MinisterTreasurer、そして野党の党首とNo2(女性)は札束をばら撒こうとしている。
 選挙が近づくと、政党の人気取り政策が活発になり、また相手側の欠点を見つけようと鵜の目、鷹の目になってくる。いずこの国も同じである。

2007年8月25日記

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8月22日 冷蔵庫の修理

 Perthに移ってから二度、冷蔵庫が故障した。一回目はGE製の大型で片側が冷凍庫だった。今回は中型、上段に冷凍庫があるもので、Whirlpool製である。GE製の冷凍冷蔵庫は購入後7年3ヶ月経っていたのでWarrantyの期限を越えていた。この製品には特別料金を払ってWarrantyの期間を7年にしていた。しかし、家財保険をかけていたので、保険で修理することができた。加えて、冷蔵・冷凍庫に入れていた食料の腐敗分も請求できた。修理は保険会社が指定したサービスマンが一人でやってきて、冷蔵庫を調べ、修理工場に持ち帰った。後日、修理が終わった冷蔵庫を同じサービスマンが運んできた。こちらでは、仕事は、一人でやってしまうのが常である。
 GEの冷蔵庫は大きいので、今の家には入るスペースが無い。それで新しい冷蔵庫を買った。その冷蔵庫が先々週、8月11日(土曜日)早朝、雑音を発するのに気づいた。故障らしい。Lyndieにメールを送り修理屋を教えてほしいと連絡した。Lyndieからメールが来た。
 ummm....my 'repair man' is skiing at Perisher right now >_< (Alan)
 I'll try to find someone for you & call you soon.

 Lyndieがすぐ、冷蔵庫の修理屋の電話番号を知らせてくれた。早速、電話したが留守電である。とにかく、用件をメッセージに入れた。が、土曜、日曜日は休みであるので、音沙汰なし。
 8月13日(月曜日)朝、修理屋に電話したら、すぐ来てくれた。冷蔵庫の雑音を聞いて、”The motor’s stuck”と言った。彼が、この冷蔵庫購入の領収書を見せてほしいと言ったので、領収書を見せると、“冷蔵庫購入後、5年以内であるので、Motorはメーカが無料で修理することになっている”と言って、Whirlpool社の電話番号を教えてくれた。
 この冷蔵庫、容量391リットル、は3003年12月17日、Whitford Retravision$869.で購入、配達料$29を支払っている(GST 10%込み)。Whirlpool社にYasukoが電話すると、購入期日、型式などを尋ねられ、来週水曜日か、木曜日にサービスマンを派遣すると返事があった。あまりにも、先のことなので、もっと早い日に修理ができないの、と交渉した。“じゃ、火曜日に何とか行けそうであるが、訪問時刻は月曜日(8月20日)の4時から5時半の間に電話するよ”になった。そして、サービスマンの派遣費用、99ドルを負担することになった。
 8月21日(火曜日)、修理業者がやってきた。冷蔵庫の電源スイッチを入れると雑音を発した。彼はMotor-Compressorの故障を確認した。どうやら、ここで修理するらしい。彼曰く、通常、家庭での修理は庭などに冷蔵庫を持ち出して、仕事をするが、持ち出しするための運搬具が無いかと言う。“Receptionに行けばCarrierを貸してくれる”と彼に言うと、サービスマンは火災検知器にかぶせる赤いケースを借りてきた。この場で冷蔵庫の冷却ガスを放出しても火災検知器は反応しない準備が出来たのである。

天井の火災検知器に赤ケースを被せる。隣が警報器。

 彼は車から新品のMotor-Compressor、アセチレンガスと酸素ボンベ、小形の真空ポンプ、冷蔵庫の冷媒ガスボンベと秤を持ってきた。ここでMotor, Compressorを取り替えるのである。道具類を見て、取替えの手順はわかった。
アセチレンの炎でロー付けするサービスマン

 何十年か前、 神戸市東灘区 渦が森の新築市営住宅マンションを購入、引っ越したときクーラーを自分で壁に取り付け、冷却ガスを注入した経験がある。当時、クーラーはマンションの一般的付属品でなかった時代であった。  今の、クーラーはきわめて簡単に設備・配管できるが、何十年も前は真空ポンプでクーラー内部の配管類の空気を引き出し、冷媒ガスを入れ替えるのが普通だった、それに、銅管のロウ付け技術も必要であった。私たち、当時の研究仲間は、大学院生時代に、実験設備を手作りするために何でも自分で作業する気構えと各種技術を培われていたから、この程度の仕事は容易に出来た。物が不自由な時代に育ったMeritである。
 すぐに冷蔵庫が修理され、ほっとした。サービスマンに出張費、修理費を尋ねたが無料であった。用意していた99ドルは払わずに済んだ。
 日常生活で、冷蔵庫・冷凍庫が無くてはきわめて不便なことを再び経験した。冷蔵庫が故障していた10日間、食料品はこまめにスーパーに買出しに行かねばならなかった。しかし、スーパーで売っているプラスチック・ケース入りのIce Creamは買えなかった。この間、Ice CreamDesertは無しであった。
 しかし、新たな発見もあった。魚の缶詰を積極的に利用しようとスーパーの棚を調べた。Sirenaという登録商標でTuna缶があった。Puttanescaと書いてあって、Tunaがオリーブとトマトの切片で味付けしてある。Tunaの切り身も立派で、値段も2ドルほどであった。これを1ダース買って、昼のツナ・サンドイッチ用に使ったが、味はVery Goodであった。

2007年8月22日記

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8月20日 Perthの景観

 先週土曜日(18 August)のThe West Australian紙に、Swan River沿いに並んでいるビル群の写真が掲載された。記事のHead LineBoom will change city skylineである。このところ、景気の好調さに支えられて建築ラッシュである。その結果、市街の景観が大きく様変わりをしつつあることを紹介している。
 Perth市街を眺めるスポットはSwan Riverの右岸、高台にあるKings Park、慰霊塔付近と左岸、Mill Point、フェリー乗り場付近である。この写真は左岸の上空から撮影したものと思われるが、私が記憶している数年から10年ほど前の風景が変わっている。

 写真のトップに It’s Perth-----But Not As We Know It とあるが、まさに然り。

2007年8月20日記

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8月17日 Mum’s murder mystery

 昨日のThe West Australian (Thursday August 16, 2007)Head lineである。そして地図、写真入りで捜査状況が記された。

 写真には次のような説明がついている。
 写真@左は、Mrs Rayney’s car was found on Kershaw Street.
 @
右は、The pool of Fluid leaking to Kings Park.
 A The fluid trail leading out of Heytesbury, Subiaco.
 B Examining stains in Kings Park .
 C Police and forensic unit on Lovekin Drive , Kings Park .
 D Police guard the Kings Park scene.

 地図の左の写真、上はMissing woman Corryn Rayney
 下はForensic police examine Mrs Rayney’s car
 被害者の車の発見、オイル漏れがKings Parkに結びついた。何故、poolができるほどオイル漏れがあったのか不思議な感じがした。
 記事の中で、The car was taken away by police at 5.30am yesterday. Sgt Robinson said Mrs Raynet’s family, including her lawyer hasband Lloyd and two daughters aged 10 and 13, were “very distraught”
 この事件が偶然起きたものか、あるいは何者かが意図的に起こしたものか、今後の警察の捜査の進展を待ちたい。

2007年8月17日記

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8月16日 Missing Person

 先ほどのTV Newsで、上記の題目がMurderと変わることになった。痛ましい事件である。
 美人のラインダンス愛好者が行方不明になったと、TVが報じたのは先週、木曜日であった。民放Channel SevenNewsLine Dance Classの風景があらわれ,Urban Cowboy ClubOwnerInstructorGlenが記者にしゃべっていることに気づいた。なんでも、踊りに来た女性が帰宅途中行方不明になり、警察が捜索をしていることを報じた。
 行方不明者は二人の少女の母親で、Perthの高等裁判所に務めているLawyerであり、Barrister(事務弁護士)の夫がいる。新聞は行方不明者の顔写真と自動車の写真、車両登録番号を公開し、市民の協力を求めた。何しろ、Perthの無料駐車場は何百箇所もあり、それぞれ数拾から数百の自動車が駐車できるから、行方不明者の乗っていた自動車を探すのも大変な作業である。
 Sunday Times 紙(August 12)はRayney(行方不明者の夫): Help me find missing wifeHead lineで記事、行方不明当日の足取りを報じた。
1.Tuesday morning: Goes to work at the Supreme Court of WA in the city.
2. Tuesday evening: Sees her family after work as usual.
3. 7.30pm: Attends her regular boot scooting dance at the Bentley Community Centre
4. 9.30pm: Leaves the dance in her 2005 Ford Fairmont, registration ICDS564
5. Not seen since

 Perthのラインダンス・クラスは午後7時、あるいは7時半に始まり、約2時間踊る。費用は6ドルから8ドルである。中休みが15分ほどあり、参加者は、主催者が用意したコーヒ、紅茶、それにビスケットを頂いて、おしゃべりするのである。この社交の場を楽しみに参加する人が多い。
 毎日、毎晩、Perthのどこかで、ラインダンスのクラスが開かれているので、ラインダンスの愛好家の中には毎晩、どこかのクラスに出かけている人もいる。私たちも、4,5年前は週に三晩は出かけていた。往復30−40Kmのところへ。クラスが終わるのが午後10時前後である。その時刻になると、当然自動車の交通は少なくなる。
 昨日、8月15日のTV放映は自動車が発見されたと報じた。Subiacoの駐車場である。そして、警察がKings ParkBushを捜索している画面が出た。Kings ParkPerth市内のビルやSwan Riverを眺めるSpotであるが、奥まった藪の中は昼間でも危険なところである。
 先ほどのNewsKings ParkBushの中で死体が発見されたことを知った。痛ましいことである。ラインダンス愛好家として、心からお悔やみいたしたい。
 話は10年以上も前になるが、Perth駅前の繁華街にLondon Courtと言う土産物屋が並んだ通りがある。その3階にある部屋で東京のHISに勤めたことがある青年が英語の個人教室を開いていた。何回か彼のレッスンを受けたが、あるとき警察力が話題になった。彼はオーストラリアの警察はRubbishであると言った。何を基準にRubbishと言ったのか、突っ込んだ議論はできなかったが、その後いろいろな人から、同様なことを聞いた。
 多くの人はPerthでは泥棒に入られて、家財道具を根こそぎ盗まれても、警察は現場には来ない。盗難証明書を発行するだけである。被害者は保険会社から損害を補償してもらえる。このようなケースを経験した人が多いから、警察力について、そのような発言になる。
 しかし、行方不明の通報があると、警察はすぐ対応する。郊外で行方不明事件が発生すると、ヘリコプターも飛ぶ場合がある。オーストラリアの警察は人命に関することを最優先していると、理解できる。盗難事件は経済的な問題であるので、限られた警察力では対応しないと決めていると思われる。
 今回の事件でも、Kings Parkに35人のForensic Policeを派遣し、捜索していた。行方不明事件は初動捜査が重要なのであることは言うまでもない。どこかの国の警察は行方がわからないと家族が申し立てても、なかなか腰を上げなかった歴史がある。拉致事件はこの点を突かれたと、私は判断している。

2007年8月16日記

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8月12日 掲示板

 St.IVES本館内の三箇所に大きな掲示板がある。それぞれの掲示板は、Buy or SellOutside Events、それにVillage Activitiesに関係した張り紙がピン止めされている。
 先日、Village ActivitiesBoardに次のような張り紙があった。

 ここPerthPetro StationRegular Gasolineの価格は1ドル20セントと40セントの間を上下している。流通経路でのStockが少ないので、その価格は毎日、コロコロ変わる。いまや10年前の2倍になった。このような事情から、このような風刺画がSt.IVES村の住人によって描かれたのである。

2007年8月12日記

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8月11日 Something at the top end of Australia

 7月22日(日曜日)朝、大型4輪駆動車に乗り、Cairnsを出発。車はTop Endを目指して、時には熱帯雨林をかいくぐり、また、川を慎重に渡り、赤茶けたガタガタ道をひたすらに北上した。そして五日目、オーストラリア大陸の最北端に着いた。海の向こう、164Km先はニュー・ギニアである。
オーストラリア最北端に建っている看板

オーストラリア最北端に出来た蟻塚(高さ2mぐらい)

オーストラリア最北端に書かれた落書き

オーストラリア最北端の海岸にあるマングローブ

そして、待望の場所に立ったお二人さん(7月27日、金曜日、午前9時24分)


2007年8月11日記

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8月 7日 アーアー、シュモクザメが殺されちゃった

 8月6日(月曜日)早朝、SBS放送局は前夜のNHK Newsを放映した。そのTopは 静岡県伊東市 の海水浴場にサメが現れた映像であった。サメはシュモクザメで、漁船によって捕獲され、殺された映像が出た。
 我が家から南、3KmほどのHillarysBoat harborの岸壁に死んだHumpback Whaleが打ち寄せられた。7月29日(日曜日)の出来事である。長さ12、重さ40トンの死骸を取り除こうにも、連日の悪天候で作業のめどがたたないと新聞は報じた。(The West紙、7月31日)早速、Sharkがやってきた。長さ3ほどのWhite Sharkである。TVNewsは岸壁近くを泳ぐSharkの映像を、連日放映した。

 Sharkは獰猛なものから温和なものまで様々の種類がある。White Shark(ホホジロサメ)は手当たりしだい攻撃してくる。Canoeをがぶりと噛み切る力を持っている。Whale Shark(ジンベイサメ)は非常におとなしいので、ダイバーは一緒に遊泳して楽しんでいる光景をよく見る。大多数の種類のサメは刺激しない限り人に襲うことはないと言われている。Hammerhead Shark(シュモクサメ)はこの分類に入ると思われる。
 8月2日(木曜日)Perthは大きな移動性高気圧に覆われて快晴となった。早速、腐敗している死骸を取り除く作業が始まった。何しろ現場はWhite sharkが現れたところである。この作業の担当部局はDepartment for Planning and Infrastructureである。ちなみにこの部局は私たちのDriver Licenseの更新も担当している。何でもやりまあしょうの部局らしい。The West紙は大きな写真でこの作業を報じた。物見高いのは世の常で、連日大勢の人が鯨見物に来ていたので、この出来事はちょっとしたNewsであった。

 Perth便り(7月19日)SharkKatieに送った。彼女、UWAで日本語の勉強をしている。しかし、日本語に接する機会は大学の授業だけである。日本語を勉強している同級生は、なにかと、日本語に接する機会があるらしい。このような状況をふまえてKatiemailしたのであった。
 Katieから返事が来た。“私は辞書でこの日本文を読むことができました。とても興味深いです...。 私はあなたの「サメは海で泳ぐ権利を持っており」という意見に同意したいと思います。(以下省略)”
 それにしても、海水浴場の近くに現れたSharkに対するオーストラリアと日本の反応の違いに、あらためて感じ入ったNHK Newsであった。

2007年8月7日記

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7月20日 Aboriginal Crisis

 Perthに観光でやってきた人の関心の一つにアボリジニイがある。オーストラリアの自然の中で、何千年もの長い間生き抜いてきたので原住民である。当然、独特の生活様式や文化を持っている。Perth駅の近くのある博物館に行くと、その一端に触れることが出来る。
 西欧社会からやってきた入植者は西欧の価値観をアボリジニイに押し付けた。先ず、教育である。アボリジニイの子供を親から強制的にひき離し、寄宿舎で集団教育したのである。1915年に始まり、以後半世紀にわたり何万人?もの子供が西欧風の教育を受けさされたのである。
 現在、アボリジニイに影響しているのは、西欧社会の福祉であると、私は見ている。オーストラリアは低所得層に対する福祉は手厚い。アボリジニイの集落に住む大部分の人は無所得である。過去、何千年もの間、過酷な環境の中で食べるものを手に入れるために苦労してきた状況が、福祉によって一変した。タナボタによって、昼間から酒を飲み、よからぬ所業に走る人が出てきたのである。
 2003年のことである。Perthからオーストラリア大陸のほぼ中央にある町、Alice Springへ、最短の距離を、Caravanを引いて出かけようと計画した。道路は未舗装で、約300KmおきにRoad Houseがある。そこでは、食事ができ、自動車の燃料も補給できる、言うなれば、旅の旅籠である。また、この道路が通っている大きな砂漠はアボリジニイが主権を持っているので、彼らの通行許可が必要である。
 Road Houseの一軒から連絡が来た。800Kmほどの区間、ガソリンの販売店が無いのでガソリンを車で積んでくること、であった。何故? 以前、この道路を走ったBirds Australiaの仲間に尋ねた。なんでも、アボリジニイの人がガソリンをアルコールとして飲むらしいことがわかった。無舗装の道路面の状況は天候などによって変わるので、運転に苦労する可能性が大きいこともわかった。そして、この案は消えた経緯がある。
 最近、新聞やTVで話題になっているのはアボリジニイ集落におけるChild Abuseである。それもSex Abuseである。話題になる集落はNT(Northern Territory)Uluru付近とWA州の北端Kimberley地区である。政府も警官を派遣し、この種の事件の発生を抑えようと努力している。
 The West Australian、Saturday July 14は第一面のトップに大きな活字で“The Kimberley girls who think rape is part of life”とあった。まさに、ショッキングな記事であった。
 ずいぶん前のことであるが、Perth駅付近のみやげ物店で張り紙があるのに気がついた。いわく、商品はお金を払ってからもって出てください、の趣旨であった。アボリジニイの子供を意識しての警告である。彼らは先祖からの遺伝子を引き継いでいる。自分の周囲にあるものは誰はばかることなく手に入れてきた長い歴史がある。彼らの善悪の判断基準は西欧社会のものと異なるのである。
 The West紙(27June)の一面下段に写真があった。オーストラリアの観光地Ayers Rockを背景に子供たちがCricketを楽しんでいる。

 このHead line“Soldiers roll into shadow of the Rock on a mission to save our own”そして、概要“It was fun time for children at Mutitjulu, near Uluru, yesterday. But there were reports members of the first community targeted by John Howard’s crackdown on child abuse had fled, afraid soldiers would take their kids. The government rejected their fears but attacked Alan Carpenter over his refusal to send police to help, threatening Federal reprisal.”
 Aboriginal Crisisについて、Alstonは何枚かのCartoonを新聞紙上に紹介している。次の二枚はアボリジニイの生活態度やこの問題と政治とのかかわりを如実に表している。
 Howard首相は近く行われる選挙を意識してAboriginalの集落を訪れている。

 Carpenter WA首相はAboriginal問題を少し突き放して対応している。

 Aboriginalの人たちにも言い分はある。
 The West紙(Saturday June 30)に、“We don’t tolerate abuse of our kids”と、ある父親の言葉を紹介している。
 同じく(Tuesday July 17)に“We’re not a bud race of people”としてHalls Creek、(Kimberley)集落でのMeetingを紹介している。
 Aboriginal Crisisは長い期間、砂漠での生活で培われた文化を根本から揺るがしている問題でもある。

2007年7月20日記

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7月19日 Shark

 The West紙、Tuesday July 17 2007の5ページに大きなカラー写真と記事があった。Head lineは“5m great white shark stalks fishing boats off Perth coast”とあった。

 写真はOcean Reefの沖合い10Kmで漁師が撮影したものである。私たちの散歩コースの折り返し点、Ocean Reefの海岸際の高台から眺められる海面である。3m程度の大きさのWhite Sharkは、時々Perthの沿岸に現れるが、5mのものは珍しい。
 以前、私はTAFEのOral communicationのクラスでSharkを話題にスピーチしたことがある。そのころ、早朝、Cottesloeの海岸で遊泳していた男性がSharkに襲われて亡くなった。Sharkについて調べると、この生物が特異な?能力を持っていることがわかった。センサー(Sensor)の研究を仕事にしてきた私にとって興味深い対象であった。
 SharkStingray(アカエイ)に代表されるRayと同族であり、FriendlyなものからFierceなものまで沢山の種類があること、獲物を捕らえるためのさまざまな手段を持っていることがわかった。
 例えば、きわめて薄い濃度の血液が混じった海水を嗅ぐ力、遥かはなれた位置で、泳いでいる大型の魚類が弱っていると判断する聴覚、水中を高速力で泳ぐための皮膚の微細構造である。
 ここオーストラリアでは、時々Sharkに被害を受けたNewsを新聞やTVで知るが、すぐにSharkを捕獲したり、殺したりは出来ない。申請したらOKというわけにはゆかないようである。なにしろ、Sharkは海で泳ぐ権利を持っており、海で泳ぐ人はSharkTerritoryに入っているのである。
 小林一茶の句に“やれ打つな、蝿は手をする 足をする”がある。我々日本人の心の底にある慈悲の心を表している。
 夜のライン・ダンスのクラスで、床に小さな虫が入ってくることがよくある。この時、オーストラリアの人々はそっと、つまんで戸外に放つ。小さな虫といえども生きる権利を持っている。それを尊重していると、感じた。

2007年7月19日記

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7月17日 7 Day Cape York Drive / Fly Safari

 オーストラリア大陸の東北端、QLD州のCape Yorkに行くことにした。長年の思いの実現である。現地のSafari Tourに加わることにした。Mailのやり取りで内容が固まった。CairnsJuly 22thに発つ、八日間の旅である。

 今週、土曜日、国内線でBrisbane経由Cairnsに向かう。帰りはAyers Rock経由でPerthに30日(月曜日)に着く予定。天候がよければ上空からオーストラリアのおへそ、Uliruが眺められる算段である。

 7月のPerthは冬で平均気温は8度から17度の巾にある。QLD州のTop Endは25度から30度と連絡を受けた。何しろ熱帯である。Tourは、Top endを往復する。行きは大型の4駆車、帰りは小形の遊覧飛行機である。従って、荷物の制約がある。携帯品はBagに詰めること、そして重量は12Kg以下である。
 先日、持ち物のCheck listmailで届いた。
 Luggage requirement on tour
 Due to work, health, and safety, luggage can NOT exceed 12Kg per person.
 Checklist
 1 soft bag per person
 Photo ID
 4 to 5 changes of clothes (T-shirts and shorts)
 (There is plenty of opportunity to wash your clothes)
 1 light jacket
 1 pair of bathers
 1 towel (for 1 night accommodation and swimming)
 1 pair of sandals
 1 pair of light walking shoes (runners)
 Toiletries
 Hat
 Sunglasses
 Torch
 Insect repellant
 Sun Block
 Camera
 Small Personal water bottle
 Small day pack

 この中に首をひねったものがある。1 pair of bathersである。
 オーストラリア英語である。何故1 pairと言うのだろうか。とにかく、いろいろなWordに出会うことも楽しい。

2007年7月17日記

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7月14日 Dolphins

The West紙(Wednesday July 11)第一面の写真です。

 WAの沿岸、いたるところでDolphinを見ることが出来ますが、これだけ多くのDolphinが集まるのは珍しいようです。
 Kalbarri National ParkはPerthの北、車で一日の行程です。

2007年7月14日記

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7月12日 1 vs. 100 - Kids Special

 今週から2週間、学校は冬休みである。TV局もKidsを対象にした番組を組んでいる。例えば、民放Channel Sevenの人気番組1 vs. 100(Monday July 9)に出演する100人のMobKidsを参加させた。
 Kids 100人は無作為に選んでいない。CompetitionContestで勝った少年・少女たちである。BiologyGeographyなど自然科学の分野、SportsDanceなど体育の分野、そして海上遭難の救助活動などボランティア・グループから選ばれたKidsが紹介された。
 1 vs. 100は一人のContestant100人のMobとのBattleである。Contestantは出された問題を正解しなければ退場する。100人のMobのうち間違った答えを出した者は、その時点で番組から降りる。その退場者一人当たりの単価(500ドル、1000ドルと上がってゆく)と退場者数の積が賞金となって増えてゆく。
 場内にある大きなディスプレイに、問題と3択の回答欄が出てくる。Mobは問題ガ出ると、すぐにどれか一つの回答を選択しなければならない。時間制限である。Contestantは回答を思案する時間が与えられる。そして正しいと判断した答えを選ぶのである。
 ディスプレイに正解が出る。間違った答えを出したKidsの席のランプが赤に変わる。間違った人の数が、そして累積した賞金額が画面に現れる。
 私達はかってTAFEの“読み・書き・ソロバンコース”で若い(20歳台)Aussieたちと机を並べた経験から、出された問題に対する回答の予想がつく。
 1 vs. 100 - Kids Specialに出された問題(三択)
 T Cirrus, Stratus and Cumulus are all type of what?
 A Mathematical Terms, B Clouds, C Chemical Elements

 誤回答者数 23人 (23/100)
 U Gandale, Sauron and Aragorn are all characters from ____what?
 A Lord of Rings B Star Wars C X-File

 誤回答者数 2人 (2/77
 V Which capital city is closest to Sydney?
 A Adelaide B Brisbane C Canberra

 誤回答者数 7人 (7/75)
 W Our national anthem goes “Australian all let us rejoice, for we are what and free
 A Strong B Brave C Young

 誤回答者数 0人 (0/68)
 X A 2007 hit for Avril Lavigne is ____?
 A Boy friend B Girl friend C Enemy

 誤回答者数 12人 (12/68)
 Y If we lost 50% of the Mob on the first question and another 50% on the second, how many would be left?
 A None B 10 C 25

 誤回答者数 15人  (15/56)
 Z What breed of dog is Scooby dog?
 A Great Dane  B Alsatian C Irish Wolf Hound

 誤回答者数 9人 (9/41)
 [ John Howard is our what number prime minister?
 A 20TH B 25TH C 30TH

 誤回答者数 16人 (16/32)
 以上8問を終わった時点で、Contestantの男性(30歳台?)はMobとの対戦を降りた。そして賞金$108,500を得た。もし、次の問題に挑戦して、誤回答すると賞金はゼロになるからである。そして、その時点で正解を続けているMobがその賞金を山分けする仕組みになっている。
 一言で言えば、こちらの人は計算には弱く、記憶には強い傾向が1 vs. 100 Kids Specialにも現れている。これは民族の特性なのである。
 私は、Partyなどで、数人の人を次から次に紹介されると、始めのほうに紹介された人の名前が頭の中で消えてしまう。いろいろ連想の糸口を作ろうとするのだが、英語の名前をその場で、きちんと記憶するのは難しい。こちらの人はその場で覚え、すぐさま名前をよんでいる。何か一言言っては(名前)である。これが礼儀なのである。
 St.IVES Choirの仲間で、80歳台であっても、音楽がかかると歌詞がすぐ頭に浮かび、口ずさむ女性がいる。そのRepertoryの広さに驚かされる。音楽好きなので、しょっちゅう声を出して歌うことによって、絶えず脳を刺激しているのである。
 一方、買い物の際、レジで受け取るつり銭は間違いがほとんど無いが、アルバイトの若い女性が頭の中でつり銭を計算した場合は、間違っていることが多い。手のひらで受け取ったつり銭はCountして、確かめる習慣が、いつの間にか身についた。

2007年7月12日記

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7月11日 Bowling(1)

 PerthBowlingと言えば、芝生の上でBowlを転がす競技のことである。
Shopの棚に並べられたColourfulBowls(中心のEmblemは箱ごとに異なる)

St.IVES村のBowling熱
 なにかのきっかけで、Perthで過ごすようになって 10年が過ぎた。いろいろ興味深いことに首をつっこんで楽しんできたが、このSt Ives NorthshoreRetirement Villageに住むようになって、ChoirTable Tennisが加わり、さらに最近 Lawn Bowlsに興味が湧き始めた。と言っても、これは10年越しの願望でもある。
 わがSt. Ives村にもGreenが一面、(2 Lane)ある。我が家は2階にあるので、Greenの一部が木立の間から見える。このGreenは芝生ではなく緑色のCarpet(人工)である。St. IVES村では、月、水、金、土の午前か、午後に男女混合のLawn Bowlsのゲームが行われている。参加者が多く、人気スポーツの一つである。
我が家から見えるGreen

Bowling試合風景

PerthのBowling Club
 Perthに移住した人が、Sports面で気づくのがAussie FootballCriketBowlingの人気である。ドライブ中、そこここにBowling 場があることを知る。
 自動車運転者にとって必須の地図帳、Perth Street Directoryには88ヶ所のBowling Clubの記載がある。これらはPublicで各Clubは数面から10面ぐらいGreenと呼ばれるLawnCourtを持っている。BowlingLawn Bowlsと呼ばれる所以である。Greenは何組かのボーリング競技が平行して行われる広さである。Greenは水平で、かつ平坦、芝生は常に刈り込まれてBowlがスムースに転がるように整備されている。さらにClub houseには、RestaurantBarと大きなHallがある。Bowlingの中休みや終わってから仲間と一緒に飲んだり、食事をしたり、時にはPartyや会合も出来るようになっている。Bowling Clubは英国風の社交の場でもある。
 In doorで、Laneに立っている10本のピンをBowlで倒す競技は、オーストラリアではTen Pin Bowlsと呼ばれている。ここSt. IVES村から、車で10分ほどのSport Centre内にTen Pin Bowlsの競技場があり、毎週火曜日の夜7時、バスで愛好者が出かけている。
 初めてBowlを転がした時
 10年ほど前のことである。Perthに移住していた日本人の方が、数人をLawn Bowl場に案内してくれた。数個のBowlを借りてきて、目標の白い小さな球をめがけてBowlを転がす競技であると、その人は説明してくれた。Bowlを投げる力を加減するが、何回も投げても目標の白球近くにBowlを停止させることが出来なかった。転がしたほとんどのBowlは目標を超えてGreenの端の溝に入ってしまう。なんと難しい競技であるか、が第一印象であった。
 TVでBowling競技を見てわかったこと
 ABC (Australian Broadcasting Corporation) TV局が毎週土曜日、夕刻、Bowling競技を1時間放映していることを知った。Australian ChampionshipsWorld Cupなど世界的レベルのBowlerの試合であるから見ごたえがある。
 30メートルほど離れた位置にある目標の白球にBowlを寄せる巧妙さ、白球に近接している球に対して、微妙な角度や速度で衝突するようにBowlを転がし、相手側のBowlをはじく面白さを知った。
 Bowlingの試合を見て、先ずわかったことは、BowlerたちはBowlを右か、左か或る角度をつけてGreenに転がすのである。転がったBowlは速度が衰えるとカーブして目標の白い球に近づくのである。Greenに沿って投げた大きく、重そうなBowlが転がって、30mほど先の小さな白い球に当たり、あるいは接近するのである。何故、Bowlが曲がるのか、不思議であった。
 Bowling試合の勝ち負けがどのようにして決まるのか?についてはTVを見てわかった。Jackと呼ばれる白球に近いBowlの数である。BowlerJackの近くに対戦相手のBowlが集中していると速度の付いたストレートを投げてJackや相手のBowlを蹴散らすのである。この時のBowlの飛び散り方によって、新たなBowlsの配置に変わる。勝負が一瞬に逆転する。これまた面白い。
採点 Aが2ポイント

 Tamworthで見たBowling風景
 2002年1月、NSW州、TamworthCountry Music Festivalに行き、私たちはAustralian Line Dance Championshipsに参加した。このとき、Tamworth郊外のBB(Breakfast & Bed)に10日ほど宿泊したが、同宿の年配のご夫婦はBowlingの旅であった。各地のBowling Clubを訪れて楽しむとのことであった。オーストラリア中どの街に行ってもBowling Clubがあるので、この様な旅のスタイルもあるのです。
 TamworthのCountry Music Festivalは世界最大級であるので、オーストラリア中の、また外国からのMusicianが参加する。そして、そこここのHall,催し物会場、レストラン、公園の仮設ステージ、街頭などでCountry Musicが奏でられている。
 TamworthにあるいくつかのBowling ClubTennis Clubも同様である。私達は夕食を取り、Musicを聴くためにBowling Clubを訪れた。そこでは、すでに大勢のCountry MusicFanとBowling愛好者がいた。何しろTamworthの夏は暑いので、夕方からBowlerCourtでBowlsを楽しむのである。
夕方、Bowlerたちの出番

日本で見たBowling風景
 今年の春、 神戸市北区 にある“しあわせの村”のBowling場を訪れ、管理人の方にお話を伺い、見学した。兵庫県では、明石公園の中にもBowling場があることを知った。
 芝生のコートでは、大勢の人がBowlingを楽しんでいた。あるBowlerの方に、何年Bowlingをやっておられますか?Bowlはどのようにして求められたのですか?などお尋ねした。10年ぐらいやっているとのこと。Bowlは、英国製かオーストラリア製を使っていることがわかった。
神戸しあわせの村のBowling風景

 St. IVES GreenでBowlを転がしてわかったこと
 St. IVES村の住人、MargaretBowlingの手ほどきをしてくれることになった。今年、6月のある日であった。彼女とは毎週火曜日、午後のTable Tennisで知り合った。元気な方でテニス、サイクリングなども楽しんでいる。
 Margaretは私のためにBowls1セット(4個)を借りてきてくれた。Bowlを保管している部屋においてあったもので相当古い。現在、持ち主がいないことを確認してくれた。康子は我が家の下の階に住んでいるJeanBowlを借りてきた。女性用でサイズ3である。
 Bowlを手のひらに乗せ、親指と中指で軽く握る。このときBowlの両側にある文様の大きいほうを人差し指側にしてJackの右方向に角度をつけてBowlGreenに送り出す。このBowlJackに近づき、減速すると左側にCurveすることがわかった。
 Jackに向かって左方向に角度をつけてBowlを放り出すときは大きな文様を薬指の側にしてBowlを握っておく。送り出したBowlが減速を始めると、右方向にCurveすることがわかった。しかし、何故このようにCurveするのか、このときはわからなかった。
Bowlの握り方 Bowls Worldの店主が示した−Bowlの重さは約1.4Kg

 Lawn Bowlsの本を読んでわかったこと
 5月のある日、Whitford Shopping Centreの本屋さんが通路に本を並べて安売りしていた。A Guide for Beginners P144 カラー写真入りの美本、$24.95$7.99であったので買い求めた。Bowlの握り方(How to grip a bowl)、Bowlのほうり方(How to deliver a bowl)が写真入で詳しく説明している。
 Bowlingは腰を落として、BowlGreenに静かに送り出す競技である。このとき、転がす方向と力のControlが重要なポイントである。Bowlをどのように投げるか、についてはHow to deliver a bowlの項に説明してあった。Deliverを送ると訳していたのは“しあわせの村”の壁に架かっていた説明文であった。
しあわせの村の説明書

 The A to Zen of Lawn Bowls、中級者向きの本がある。表題の禅に惹かれて買った。196頁、22.95ドルであった。前述の初心者向きの本と違って面白い。が、技術的に高級な内容なので、私の現状とは程遠い。
 第5章のZenの冒頭に、Few bowlers would argue with the assertion that the game of bowls is played mostly in the mind. Lawn bowls is a closed sport, that is, we do not instantly react to the actions of our opponent, such as in the game of tennis.
 つまり、BowlerにとってはZenの心境が大切であると説いている。
 Appendix 1The mathematics, physics and geometry of lawn bowlsである。Bowlの幾何学的形状のFactorを入れ、単純形状の回転体の運動方程式からLawnを転がるBowlの軌跡を計算している。
 とにかく読み応えのある本である。
 Bowlsの販売店に行ってわかったこと
 Perthの中心地に近い商業地区にBowls Worldの看板を掲げた店がある。新品、中古品、色は黒が多いが、赤、黄、緑、青などColorfulなものもある。TVで見かけるBowlerは鮮やかな色のBowlを使っている。しかし、約100ドルのコスト高である。
 Bowl の両サイドのEmblemはセット(4個)ごとに全部異なっている。そして色づけされている。それぞれのEmblemはとても味わいがある。これを調べても面白いと思った。
 一般的に初心者は先ず中古のBowlを買うものらしい。中古の値段は新品の約半値で、250ドル付近の値札が付いていた。程度が良いので、結構高価である。店は2週間、無料で中古品を貸してくれる。気に入れば購入すればよいのである。店の主人が中指と親指の長さを測ってくれる。康子にはサイズ3が勧められたが、少し小ぶりのサイズ2の黒いBowlを借りてきた。
借りてきたBowls(4個1組)ー 左はEmblemの小さい面を上にしている

 何故転んでゆくBowlが曲がるのか?について店の主人が説明してくれた。
 Bowlを回転方向から見ると、一見左右対称に見えるが、実際はごくわずかいびつになっている。転がっているBowlの両面にBowlの製造メーカが刻んだEmblemがある。片方が大きく、もう一方は小さい。この小さい方の曲面の曲率が小さく。また、重心がBowlの回転面に無く、少し小さなEmblemの方にずれている。
 Greenに送られたBowlは、減速するに従って回転面が小さい文様の方向にずれてくる。つまりCurveし始めるのである。World Cup級のBowlerJackの近くでBowlが減速するようにBowlを放り出す時の初速度をControlさせていることがわかった。
 Bowls Worldから借りたBowls1set4個で1週間ほど練習した。Bowlを転がしたとき、Wobblingする傾向がある。Bowlが少し小さいか、軽いか? 思案を重ねた、
 再びBowls Worldに行った。このときわかったことは、同じサイズでもHeavyがあること。それに同じサイズでも転がるときのCurveが違うことがわかった。
店内風景(店主がBowlを転が仕方を示す)

Bowlの種類によって曲がり方が異なる。Taylor社製

 最終的には黒のサイズ3のHeavyTaylor,Scotland製を購入した。
買ったBowlsEmblem(オーストラリアの形にKangaroo

 初めてBowling試合に参加
 6月30日(土曜日)午後1時半開始のBowling試合に加わった。私たちがBowlsの練習を始めて1ヶ月足らず、試合に参加するのには程遠いレベルである。が、Margaretの積極的な勧めに従った。
 St.IVES村のBowling場は同時に2組の試合が出来る。私たちの試合には男女7人、レベルはさまざまである。二つのTeamに分けられた。3人と4人である。各自のBowlは2個、あるいは3個。両チーム同じ数である。私たちが練習をしているとき、時々教えてくれた人たちもいる。その二人がそれぞれ最終のBowl2個を転がし、Jack(目標の球)にTeamBowlが接近するようにする。
二組に分かれて試合

 村のBowling CourtCarpetである。表面は水平でかつ平坦である。屋外であるので、Carpetの表面が傷まないように維持されている。つまり、定期的の自動散水されている。試合は20−35mほど離れたJackに接近するようBowlDeliverし、転がすのであるから、Bowling Courtは大きなBilliards台とも言える。転がしたBowlが先に転がされた敵、味方のBowlに微妙な角度で衝突するのもBilliardsに似ている。
 手前、Jackの側に立っている人はMarkerと呼ばれ、向かい側にいるBowlerの質問に答える(20〜30メートル先のBowl群の様子がわからないため)

 Greenの長さは31から40の範囲と、定められている。Greenの周囲にDitchと呼ばれる溝がある。この溝から2離れた位置から4のところまで白線がRinkの中心に向かって引かれている。白線の始まる位置にあるMatに足を置いてBowlを送る。Jackの位置は向かい側の白線上にあり、試合毎に距離は変わる。また、試合中にも、このJackの位置が衝突によって変わる。このことがBowling競技を難しくし、また楽しくしている点である。
 とにかくBowlingはやってみるとこれまで経験したことが無い奥の深いSportsであると実感している。

2007年7月11日記

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7月11日 Pool Competition?

 先ず、回答を寄せて頂いた方に御礼申し上げます。
 外国に住んでいると、何年たってもオヤッと思う言葉に出会います。それが言語の面白いところでもありますが・・・・。
 手元にある電子辞書でPoolを引くと、次のようにあります
Pool1(a)水溜り 1(b)人工的につくった小さな池 2 水泳のPool
Pool2  1(a)共同出資 1(b)共同管理 1(c)カルテル 1(d)蓄え
2(a)賭け金 2(b)サッカーくじ
3(a)プール(米語 玉突きの一種)3(b)英国での賭け玉突き
4 たまり場所(モータープール)
 The Macquarie Dictionary 3Ed. Australian National Dictionaryでは
 Pool; also pocket billiards. Any of various games played on a billiard table in which the object is to drive all the balls into the pockets with the cue ball.
 ウエブスター英英和辞典では
 Games of billiards played on a table with six pockets.
 六つのポケットのある台でする玉突き
 Pool(玉突き)の言葉が何時ごろ使われだしたのか? 何故Poolという言葉になったのか? 興味のあるところですが、Billiardsにいろいろな形式の玉突きゲームがあって、この中の一つがPoolであるようです。
 英語BilliardsBilliardの語源ですが、フランス語のBillardから来ていると推測しました。ルイ14世がBilliardsを楽しんでいる絵があるそうです(1694年)
 フランス語Billardbijar(ビィヤー)と発音しますが、この言葉を英語圏に持ち込んだときにLAの間に間違ってIが入ったのか、スペルillの発音が英語とかけ離れているのでIを入れたのか、など勝手な推測をしています。
 こちらの建築会社の家屋設計案内Brochureの中の間取り図に、Game roomがあって、そこにBilliard tableが描かれています。Billiardsが十分楽しめる広さであると宣伝しているのです。こちらでは、Billiardsは家庭で楽しむ一般的なGameなのです。私達は時間的な余裕が無かったので、Billiardsとは無縁でしたが、やり出したら面白いGameであることは感じていました。
 子供の頃住んでいた、人口わずか2000人ほどの小さな町に一軒、ビリヤード店がありました。“撞球”と看板が掲げてあったことを覚えています。
 多分日本ではいろいろな形式のビリヤードがあったのではないかと、いやあるのではないかと思います。ちなみに、広辞苑には“撞球”を室内競技の一つ。ラシャ張りの長方形の台上に数個の球を置き、棒(キュー)で撞いて、他の球にあて勝敗を競う。日本には1850年ごろオランダ人が伝えた。玉突き。ビリヤード。
 と書いてあります。

2007年7月11日記

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7月 8日 何のコンペ?

 昨日配布された来週の予定表に次の案内がありました。

Pool Competition; It’s time to dust off the pool cue, clean your glasses, pick up your blue chalk and enter this competition. The entry list is on the notice board.

"何のコンペ?"

2007年7月8日記

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7月 4日 Movie “Kenny”

 7月1日(日曜日)のIn House Movie、“Kenny”はAustralian Comedyとして予定表に紹介されていた。この映画は面白かった。実録であるからである。
 映画の主役はイベントなどの開催地に移動式トイレをトラックで運搬、据付、メンテナンスをする会社、Splash DownSupervisorである。
 オーストラリアではたいていの仕事は一人でやってしまう。以前、住んでいた家に来た水道工事、電気工事、ガス工事、レンガ積み、庭仕事の人はたいてい一人でやってきて仕事をした。レンガの運搬人は、積んできた多量のレンガを大きなトラックから降ろし、工事がし易いように持ってきたフォークリフトでレンガのブロックを置いて帰る。一人である。
 この映画の主人公、Kennyもトラックでトイレを運び、クレーンで降ろし、小形のブルドーザーで整地・据付し、配管類を接続する。そしてバキューム・カーで汲み取り屋もするなど、人の嫌がる仕事をいとわない、気力・体力の持ち主である。会社、Splash Downに帰れば、数多くのトイレを点検し、漏洩箇所を修理する。壁に落書きがあればペンキを塗る、器用さもある。
 大きなイベントには幾人かの作業者を連れて仕事をさせる、監督でもある。酒を飲んで暴れ、トイレを壊す集団にも立ち向かうガードマンの役目もする。そのために、余暇はボクシング・ジムでトレーニングをしている。
 トイレ類、清掃具などの国際見本市にも出張し、最新の移動式トイレや清掃器具を調査する。アメリカ、テネシー州、ナッシュビルの会場(Opryland Inn)での行動が紹介されている。また、ホテルでの珍道中記録もある。私たちには、Nashvilleの町並みやCountry Musicで有名なWild Horse Saloonが懐かしかった。
 この映画は1時間40分であった。私は映画を連続2時間見ることはほとんど無い。疲れるから途中で中断することが多いが、このKennyには惹き付けられた。役者の演技ではなく、実際に仕事している人を撮影し、映画としてまとめているからである。
 この映画を、もし日本で上映するとなると、“トイレ屋”とでも題目をつけるだろうと思った。私の好きなフランス映画には個人の名前を題目にしているのが多い。日本が輸入している映画は題目をコロリと変えてしまう。一般化、平準化したタイトルにしてしまう。日本の外国映画に対する翻訳の伝統なのか、映画のテーマがぼやけるきらいがあると思う。
 一つの例はClint EastwoodActorとして2回目に出演したマカロニ・ウエスタン“The Good, The Bad and The Ugly”が日本では、“続・夕陽のガンマン“になった。3人のガンマンの生き様を描いた名作である。
 私たちが2005年、NashvilleでのWorld Championshipsで踊るダンスを振り付けたKarenが、ダンス音楽の一部にこの映画のSound Trackを用いた。これがきっかけで、私たちはこの映画を初めて見たのである。そして、Clint Eastwoodのファンとなった。昨年、日本に帰ったとき、タイミングよく封切られたEastwood監督の映画“硫黄島からの手紙”をいち早く見に行ったのは言うまでもない。
 昨年、ABCが“The good, the bad and the ugly boots”のタイトルでDocumentaryを放映した。あるアメリカの会社が、オーストラリアのBoots MakerUgly Bootsの名前でBootsを製造、販売しているのを承知の上で、”Ugly Boots”を登録商標にしてしまった事件の顛末記である。このように、The good, the bad and the uglyは有名なフレーズなのである。

2007年7月4日記

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7月 4日 In House Video System

 St. IVES村の各家に、毎日、午後3時と8時にVideo映画がIn House Video Systemで配信されている。日替わりメニュである。週の初めに1週間分のProgramが届けられる。
 私たちが村に引っ越した頃、3時と8時に、どこかの部屋に住民が集まってVideo映画を見ているものと思っていた。しかし、その時刻に、Videoを共同で見ているような部屋は見当たらない。奇妙なことと思いつつ今年の4月まで時は過ぎた。
 我が家にP社のVideo Recorderが2台ある。かたやオーストラリアのテレビ放送を受けてHard Diskに記録、もう一方は日本製Video Cameraの録画・記録用である。いずれも初期の製品なので、Hard Diskの容量が少なく、録画・記録は、すぐ満杯になる。なにしろ早朝、5時半のNHK News、夜9時以降の番組は原則として録画するからである。
 オーストラリアで販売されているテレビはPALNTSC両信号に対応している。Video Cassette機器も同様であった。つまり、レンタルや販売されていたCassetteの多くはアメリカ映画であった歴史があるからである。(アメリカはNTSC信号システムの提唱者)。現在、こちらのDVD Playerも同様に、両利きである。ところが、日本のビデオ機器はNTSC信号しか受けつけない。海外でビデオ・メディアを買ってきても、日本では見られない、と言う不満を聞くことがある。
 長年、TV放送は、Video機器を通してテレビ画面で見ている。綺麗な画面が見られるからである。ST.IVES村に引っ越したとき、TV受信は共同視聴であるので、