植松夫妻のパース便り3



パースのヨットハーバー
 パースにお住まいの植松夫妻はカントリー・ラインダンスがご趣味です。世界中のコンペティションに出て賞をさらっています。
 現在オーストラリアのパースにお住まいです。お便りを頂きホームぺージにしています。
 2005年も半分が過ぎ3ページ目に入りました。頂いたメールはあまり修正することなく載せて行きたいと思います。
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目次
2005年11月12日 Kite Surfing
2005年11月10日 Oversize
2005年11月 1日 New Zealand
2005年 9月16日 SUNSET
2005年 9月11日 時事風刺漫画
2005年 9月 8日 新聞(エッセー)
2005年 8月 9日 POST SHOP
2005年 7月14日 Franceから戻りました
植松さんご夫妻の簡単なプロフィール
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11月12日 Kite Surfing

 Kite Surfing
 夕方、散歩でMullaloo海岸に行くと、Kite Surfingを楽しんでいる人たちがいる。このところ晴天続きで、南のFremantle方向から強い風が吹き、かつ、波も高いのでSurferにとって好条件である。
 日中は紫外線がとても強いので、散歩の時刻は日没前である。私どもはいつもMullalloo Life Saving Clubの建物を背に、波打ち際でインド洋に落ちる太陽を拝むのである。
 この際、1Kmほど北の沖合いで、幾人かがKite Surfingを楽しんでいるのを、いつも目撃していた。
 (下の写真を開くと美しい組写真があらわれます。)
 昨日、11月11日(金曜日)いつもより少し早めに家を出た。Kite Surferの様子を見るためである。一昨日に比べて波が少し低かった。Surferの一人は沖合いで、ジャンプや宙返りをしている。
 この人が岸に着いてから、Kiteを引っ張りながら風上に向かって歩いてきた。Surfingの際、風下に流されるからである。私たちは“Very good surfing”と彼に声をかけた。
 その人は沖合いに向かってSurfingをはじめた。このとき撮った写真をお目にかける。
 この人たち仕事が済んでから、Surfingを楽しんでいるのである。
植松 11月12日記

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11月10日 Oversize

Oversize
 このところ毎週、水曜日、みのりバレー教室に通っている。自動車で、約30Kmほど離れたMosman Park地区にあるセンターに行く。バレーの基礎を習う目的はラインダンスのレベルアップである。
 昨日のこと、2車線道路の左側をOversizeと、大きく表示した車が走っていた。その車の後方に黄色の点滅灯を屋根に付けたジープがくっついて走っている。積んでいるのは小さな家屋である。
 写真は追い抜く際に撮ったもの。制限速度80Kmの道路であった。
 車で走っていると時々前部あるいは後部にOversizeと表示した車に出会う。運搬しているものは、土木工事用の大型重機、家庭に備え付けるためのプラスッチック製プールなどで、自動車の建築限界を超えた場合である。
 いつか、PerthのSwan River沿いでおこなわれる花火大会を見るのにMitchell Free Wayを走ったときのこと。普通の自動車の屋根に大きなSofa をRopeでくくりつけて走っているのを見た。制限速度100Kmの3−4車線道路である。もちろん、河畔の芝生で花火をみるためである。また、
 伐採した木の枝やBedを自動車の屋根に直接くくりつけて走るのを見たこともある。
2005年11月10日記

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11月1日 New Zealand

 先月New Zealandに行ってきました。
思いつくままにEssayを書きますので、お目通し頂ければ幸いです。

Greymouthで出会った馬
 New Zealand南島の町、Greymouthで一頭の馬に出会った。Tasman Seaに面した広い草地に放し飼いされていた普通の馬である。
 New Zealand北島、AucklandでMotorhome(Camperbanとも言われている)をレンタルし、観光地を回った第9日であった。
 海岸近くのHoliday Parkに着いたのが午後3時過ぎであった。Motorhomeを指定位置に入れ、Power Pointと自動車の電源端子をコードで接続し、早速、海岸に出かけた。
 海岸への往復の際、その馬に出会った。柵の中の短い草を食べていたが、私には、柵の外の長い、青々した草を欲しがっているふうに見えた。そこで、私は数回、柵の外の草を束ねては引き抜いて、馬に与えた。
 翌日、午前5時、車の外に出てみると、東の空に満月が浮かんでいた。Tasman Seaに沈む満月を写真にしようと海岸に出かけた。LD(発光ダイオード)のライトを片手に持って。馬が放牧されている柵に差し掛かると、何かが動いている気配が感じられた。LDのライトで照らされている部分は明るいが、周囲は真黒である。音がする方向にライトを向けると、その馬がいた。私はとっさに、ライトで自分の顔を照らし、馬を安心させようとした。馬は静かに私を見ているだけであった。
 約10分間ほど、Tasman Seaを照らしている満月を眺めていた、動き方が緩やかであるように感じられたので、海岸を離れた。放牧地の柵の近くには馬はいなかった。広い草地のどこかにいるに違いないが、馬の姿は見えなかった。
 馬は音に敏感な動物であると、馬を飼った経験のある人から聞いていた。ある人は数キロはなれた位置から、飼い主の帰宅を認識していると。また、数頭の馬を飼育していた友人は、深夜のひそかな帰宅が出来ないと。なぜなら、100メートルほど離れた電車の駅に着くと、馬たちが喜び、騒がしくなることを説明してくれた。
 Greymouthで出会った馬は早朝の真っ暗な中で、私の足音を認識していたに違いない、と思う。前日、与えた草に対してお礼の意味で、早朝の真黒な道を歩いてきた私を迎えてくれたのかもしれない。
2005年11月1日 植松滋幸 記


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9月16日 SUNSET

 Sunset(2005年9月16日)
 Perthを訪れた旅行者は、誰しも“Perthの海の色は美しい”と言う。
 Perthの空は青く、それが海に映えるからである。しかし、冬の間は曇天が多く、そのような時は鉛色の海である。冬の間、寒冷前線が西オーストラリア州の西南部を何日かおきにやってくる。このような時は雨がさっと降っては止む。シャワーである。
 春が近づくと、インド洋の水温が上がり、南氷洋の寒気を南に追いやる。晴れ間が多くなる。荒々しかった海もだんだん穏やかになって、春の気配が感じられるようになって来る。この時期、雲が美しい。特に、日没前後が。
 9月16日、夕方のMullaloo Beachを散歩した。いつものように日没に見とれた
。次の写真、6枚は午後6時13分から15分の間に撮ったものである。海や空の色が鮮やかに変化している。(画面をクリックして下さい。パースの美しいサンセットの組写真が現れます。)特に太陽が水平線に没した後の変化が著しい。水平線に沈んだ太陽が海の上の雲を照らすとその雲で反射された光が海を照らす。そのような雲が無いと、海の色は暗くなる。2分間に撮った写真は太陽の沈んだ角度と雲の位置、高さの関係を現している。あらためて、自然の色の微妙な変わり方に感嘆。


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9月11日 時事風刺漫画

 時事風刺漫画家、アルストン氏
 The West Australian紙、9月6日2005年の11ページにAlston氏の漫画がある。縦12センチ、横18センチの大きさである。彼はcartoonistである。Cartoonを英和辞書でひくと、1(新聞、雑誌の)時事風刺漫画<通例1コマ>と、ある。
 Perthに移ってから、Alston漫画のフアンになった。初めのころは彼の風刺がわからなくて、いろいろな人に漫画の意味するところを教えてもらった。つまり、Australia全体の、
WA州の、Perthの出来事を知って、その本質を理解していないと、彼の漫画はわからない。
 政治、経済、外交、社会、環境問題、そして市井の出来事などをテーマーにしているが、彼は一貫して権威主義に反抗しているように、私は感じている。
 Alstonについて話し合った人々は“彼はCleverである”と言った。ほんの些細な出来事の中にでも、社会の矛盾を浮き彫りにし、読者の共感を得ている場合がある。
 彼の漫画のほとんどには登場人物のセリフ、それに擬音が入っている。
 9月6日の漫画には珍しくセリフが無い。彼にしては、平凡な作品であると思う。しかし、彼の誇張した人物画は面白い。いつか、Australiaの首相、John Howard氏が描かれたCartoonをお目にかけたい。


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9月8日 新聞(エッセー)

 マレーシアの郵便事情をお知らせくださってありがとうございました。興味ある内容でした。
 KLで電車の駅の近くのある郵便局、綺麗な切手が沢山並べてあり、閑散としたPOSTに入ったことを思い出しました。
 ヘイズは大変ですね。空気のキレイなPerthにいることを感謝します。
 先週日本から戻りました。そして、久しぶりにエッセイを書きました。ご笑覧くだされば幸いです。

 新聞 2005/09/07記
 日本に帰ると日課がある。その一つが早朝の新聞買いである。風が吹こうが、雨が降ろうが夜明け前、5時過ぎに家を出て、10分程度歩いて新聞販売店にたどり着く。
 これには理由がある。一つは散歩。今ひとつは、期日を決めて新聞配達を依頼すると、新聞配達の人に留守が知れてしまうからである。新聞の自動販売機を利用しないのはチラシが入っていないからである。これら折込広告は世相を反映しているので、時たま日本に帰国する者にとっては貴重な情報源である。新聞販売店では、配達の不完全に備えて、早朝はチラシの入った新聞をスペアーとして保管しているので、これを買うのである。
 いつの間にか新聞販売店の店長はオマケをつけてくれるようになった。お陰で、私は日本の我が家にいる間は朝日新聞と日経新聞を読んでいるのである。新聞二紙を読む時間は30分から1時間足らず。関心のある記事は切り抜くためにマークを入れておく。
 総合電機メーカーを定年退職し、大学の工学部で教えていたとき、時々教材に新聞の記事を採用した。例えば工学に関連した事故のニュースについて、その原因をどのように理解し、いかなる対策があるかを説明した。もちろん、新聞記事には事故の原因について述べているが、システム工学、人間工学、故障物理学、あるいはエンジニアリングの立場から事故の事象をどう読むかを解説し、学生に、基礎的な知識とそれを実地に適用する能力を持つことの重要性を強調したのである。
 今回、日本を離れる前日、2005年9月2日の朝日新聞の天声人語に眼をやった。曰く、新聞記者が書く記事は大きく三つに分けられると思う。一つは“何が起きているか”、二つ目は“何故起きたのか”、三つ目は“それをどうとらえ、どうすべきなのか”
 先般、朝日新聞の記者が虚偽の取材メモを作成したので、天声人語子は新聞は読者の信頼を損なうことがあってはならない、と反省の気持ちを込めてコラムに書いているのである。
 私はPerthに移住してからThe West Australian紙に目を通しているが、日本の新聞と大きく違うのは新聞記事にはたいてい執筆者の名前があり、責任の所在を明確にしている。そして、大部分の記事は事実の報道、つまりニュースである。記事について、読者がどのように反応するかは、読者の裁量の範囲にあるのである。したがって、読者からの投書欄は活気がある。コメント、意見、解説はComment、Opinionと見出しにことわっている。読者の関心が高い出来事については世論調査もおこなわれる。
 オーストラリアには、TAFEという国立の専門学校がそこここにあり、大学に進学しない人に職業教育をおこなっている。そこでは一般的な教養を高めるための“読み、書き、そろばん”のコースもある。Perthに移住したころ、TAFEに通って一般教養的なコースでオーストラリア英語を勉強した。あるとき、Readingのクラスで自動車会社の宣伝文を渡された。作業は文中の事実を抜き出すことであった。宣伝文であったので、自動車のPRを巧妙に記述してあった。
 文章を読んで、事実のみを抽出し、真実は何か、を考えさせるオーストラリアの国語教育に新鮮味を感じたことを今も記憶している。

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8月9日 POST SHOP

9th August 2005 記
 Perthの中心に古めいた大きな二階建ての建物がある。正面の壁にPost Officeと表示されている。オーストラリアでの官営郵政時代の遺物である。この建物の前は広場である。建物の中に入るとPOST SHOPがある。民営企業である。
 Perthで、クルマで動くとき手放せない地図帳がある。Perth Street Directoryである。毎年、改訂版が発行される。各ページには“CITY”の文字を囲んだ“矢印”がある。矢印はこの建物の方向を示している。古いDirectoryにはGPOと記してあった。Grand Post Officeのことである。つまり、ここは都市のヘソである。
 オーストラリアに住んでいると、Post Shopが私たちの生活と密接に関係していることがわかる。電気、ガス、水道、電話、税金、などなどの振込みはPost Shopで行なう。それに、郵便事業である。月曜日から金曜日は朝9時から午後5期まで、土曜日は午前中、営業している。
私が利用しているWhitford Shopping Centre 内のPost Shopは受付が6ヶ所あるが、ほとんどの場合、客は一列に並んで、順番を待っている。
 Whitford POSTの入り口、店内はいろいろな商品(ほとんど小物)が並んでいる。
 日本で郵政民営化の動きがでたとき、私はこの広いオーストラリアでの郵便物の集配がどのようにされているか、人口の少ない地方の集落の人はPostのPrivatisation(民営化)のときにどう対応したのか、などに興味があり、いろいろな人に尋ねた。しかし、Australian Postの民営化は相当以前のことらしく、(1970年代?)的確な答えは得られなかった。
 オーストラリアでは、お金の預け入れ、借り入れは銀行、生命や損害保険は保険業務の会社、とすみわけされている。
 昨日、参議院で郵政民営化法案が否決されたことを今朝のSBSTV局放映のNHK番組で知った。構造改革の目玉として、小泉内閣が掲げたものであったが、私の気持ちはむしろ日常生活に身近な対象の民営化に関心がある。それは地方自治体の水道事業、交通事業である。これらは赤字事業と思われる。Perthではとっくの昔に市内電車、バス、それに水道は民営化を実現し、健全財政で運営しているからである。

 管理人よりからの返信−
 ところで、マレーシアの郵便事業はお国がやっています。海外向け郵便、小包郵便の料金は格安で、反面赤字は深刻な様です。他の国からわざわざマレーシアの発送で郵便を送る人(会社?)が沢山いてますます赤字が膨らむようです。そのため今年の4月にわずかな値上げをしました。赤字の解消には至らないごくわずかな値上げです。郵政事業はマレー系マレー人の独占事業です。これを民間に開放すれば全て中国人が握ってしまうのでこの国で郵政事業の民営化など夢の又夢ではないでしょうか。
 今、こちらはヘイズで大混乱です。スモッグのような煙です。もとは隣のインドネシアの焼き畑が原因なのですが煙がマラッカ海峡を渡ってマレー半島の西側にたどり着き半島の背骨にあたある山脈に遮られて半島西側およびシンガポールの上空をおそいます。最近はそれに加えて、西海岸の泥炭地帯にも太陽の熱で引火し森林火災を引き起こしてダブルでヘイズがおそってきます。今窓から外を眺めると視界は約150mくらいです。空気はきな臭く最悪の状態です。今年のヘイズは例年に無く深刻で政府も対策に頭を痛めているようです。シンガポールにヘイズが無ければ行ってしまう手もあるのですが、最低でもタイまで脱出しないと美味しい空気にはありつけない様に思います。


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7月14日 Franceから戻りました

 お忙しいことと、お察しいたしておりました。
 私ども元気に過ごしています。
 ダンスなるものが、少しばかりわかりかけてきた感じです。元気である間は一生懸命ダンスを続けたいと、わが身に言い聞かせています。でも、体力、記憶力の点でつらいです。
 12日(火曜日)Franceから戻りました。
 7月1,2,3日、ParisでCountry Line Danceのコンペに参加しました。コンペには多くのヨーロッパ各国のダンサーが参加し、盛況でした。私たちは個人、チームと3つのTropheを頂きました。チームは3チームの中で1位で、会場を沸かせました。KLの時より、すこしは進歩したでしょうか?
 Toropheです。
 初めてNormanndieに行きました。TVで毎年、D-Dayの日に紹介される風景ですが、現実にNormandieの海を眺めると、ドイツーアメリカ・イギリス連合国の戦いがどのように行なわれたのか、その戦史に興味が沸きました。
 3泊4日のバスツアー。添乗員は2人、英語、イタリア語、フランス語、スペイン語で古い教会、お城、庭園を案内してくれました。各国からの乗客、私も英語、フランス語のごっちゃ混ぜの会話を楽しみました。が、簡単なスペイン語、イタリア語を話せると良いと思いました。
 コンペが終わってから、ルーブル美術館、セーヌ川に面した宿に移り、セーヌ川に沈む夕陽(午後9時半?)を見れたのはラッキーでした。
 本のご紹介ありがとうございます。読んでみたいと思っています。

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−カウント開始2005年8月12日−