Country Line Dance Competition in Paris





目次
準備
6月28日(火)Paris 着 曇り
6月29日(水)市内見物 晴れ
6月30日(木)静養 ときどき小雨
7月1日(金)Competition Day1 晴れ
7月2日(土)Competition Day2 晴れ
7月3日(日)Competition Day3 晴れ
7月4日(月)ホテル移動 晴れ
あとがき
感想
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準備

 パリのコンペは盛会で、とても楽しかった。コストも低く、非常にスマートな運営であった。毎年、同じころに同じ場所で開催されるそうである。
1)コンペ参加の準備(4月 ― 6月)
 3月、UCWDCのPresident、Jeoffとのメールのやり取りで、8月Kuala Lumpurでの第3回Asian Pacific Dance Championshipsの開催が中止されることを知った。次のWorlds2006に参加するために、欧米の各都市で行なわれるコンペに出場する必要があった。
 UCWDCの年間スケジュールを見て、7月1,2,3日にパリで行なわれるコンペに参加することを決め、すぐさま http://www.french-event.come/home から情報を得た。
 パリ・コンペの正式名称はThe City of Light (2005) UCWDC Dance Championshipsである。Event DirectorのBrigitteにメールを送って、参加の意向を伝えた。オーストラリアからの参加者は私どもが初めてで、Welcomeの返事がきた。4月7日のことである。
まず、宿と飛行機の手配である。コンペの会場はパリの中心から北北西のLevallois町の体育館である。French-Eventお勧めのコンペ会場に近い三つのホテルはすでに満員であった。コンペ会場の近くの地図を買い、インターネットでホテルを探した。
 会場から近いと思われるホテルを見つけ、6月28日(火)から7月4日までの宿泊を確保した。1泊、約90EUである。4月12日のことであった、飛行機はSingaporeでTransitすることにした。6月27日(月) Perth発、帰路は7月11日(月)Paris発の切符を購入した。
 コンペに参加するためには、UCWDCのAssociate Membershipが必要である。European UCWDC Officeに問い合わせた。代表者であるBritingerから丁寧にMembershipの申し込みについての返事が来た。5月4日である。彼女、パリのコンペに行くので、パリで会いましょうと記してあった、
 4月に入ってからIndividual、IntermediateとAdvancedのRise & Fall、Lilt、Smooth、Cubanの練習を始めた。パリではFunkyとNoveltyは2005年のダンスと同じであった。5月になってから、Team、Small Troupeでも踊ることを決め、ダンスの組み合わせ、音楽の編成をした。時間は6分30秒、ダンスはGhost Train、In a Heart Beat、Cowboy from Japan、Dancing Heart、Paso Dobleから抜粋し、編成した。
 今ひとつの準備はフランス語である。13年間フランス語を使う機会が無かった。SBSと言うチャンネルが毎朝35分、France 2のニュースを流していたので、それを聞いて耳を慣らした。
 UCWDC 2005 Associate Membership Confirmation
 5月4日、申請していたMember Cardが送られてきた。Expires ::January 2006、つまり、Worlds 2006のコンペ終了まで有効である。
 Entry Down Loadした“The City of Light” U.C.W.D.C. Championships Competitor Registration Formに記載し、事務局にFaxで送ったのがTuesday 17 May 2005であった。Formの様式は2種類で、合計5枚送付した。事務局の関係からか、MondayはFaxが通じなかった。
 Competitor Pass 2人 計90EU
 Line Dance Entry 12ダンス 計60EU
 Group Dance Entry 1チーム 計25EU
 総計180EU送金した。
 Entryの確認書がe-mailで送られてきたのがパリに出かける前日、6月26日であった。

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6月28日(火)Paris 着 曇り

 康子と私がパリのシャルル・ドゴール国際空港に着いたのが、午前7時であった。13年ぶりのパリである。通貨、ユーロはタクシー代程度用意してきたが、フランス滞在2週間に使うユーロを引き出すために、空港ターミナル・地下にある郵便局(La Poste)に行った。現金自動支払い機を見つけた。
 ダンスの衣装、ブーツ、ハットなどたくさんの荷物があるので、空港から直接ホテルに行った。タクシー代は40ユーロ。
 地図はPalais des Sports Gabriel Peri周辺の通りの名前、地下鉄の駅、主要な建物、公園の位置を示している。赤い線が体育館の入り口の通り、Pl H. Balbusseが体育館の所在地。赤丸は泊まったホテルの位置。
 一息入れてから、コンペの会場、Palais de Sport Gabrielle Periに行った。歩いて10分足らず、体育館の受付の人の了解を得て、建物の2階、3階部分にある
体育館の内部を見た。建物の1階部分は生鮮食料品の公設市場であり、この日はMarcheの日で歩道はいろいろな出店が立ち並び、会場の入り口がわかりにくいほどの人出であった。地下部分には駐車場があった。
 体育館の入り口。右に公設市場[1階部分]の入り口。通りの名前はrue Gabriel Peri。
 建物に入って、階段を登ると体育館のMain Floor[2階、3階部分]に通じる。

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6月29日(水)市内見物 晴れ

 今日はリラックスの意味で、パリ市内見物。地下鉄の路線の概念図を頭に入れて、宿を出た。パリに敬意を表する意味で、まず凱旋門。シャンゼリゼを歩き、エリーゼ宮の近くの公園で休憩。ダンスのステップ[IntermediateとAdvanced、6種目
とTeam(Small Troupe)]の復習。
 午後、エッフェル塔に行く。観光シーズンのかかりであったが、比較的短時間で塔の最上階に。コンペをこの時期に選んだのは、The City of Lightへの参加者に対する気配りか?

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6月30日(木) 静養 ときどき小雨

 宿の近くで、足慣らしをする場所を探した。レバロワ・ペレ市役所(Hotel de Ville Levallois Perret)の近くに公園があった。足慣らしは、土の上で、iPodを使ってほんの短時間。近くにあった地下鉄の駅はAnatole France.


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7月1日(金)Competition Day1 晴れ

 午前9時に体育館に行った。UCWDCが催したUCWDC FundamentalsのClassに参加するためである。Main floorを覗くと、
ボランティアの人たちがフランス国旗の青、白、赤の風船を使って、飾り付けの準備をしていた。
 9時過ぎからUCWDC FUNdamentals CLASSに参加した。講師はUSA, Texasから来られたDavid Gettyである。講義は次の項目に沿ってすすめられた。延々4時間を越える充実したClassであった。
1)Basic Pattern 2)Movement/Footwork
3)Turn Technique
4)Posture/Frame
5)Lead & Follow
6)Style
7)Floor Craft
8)Choreography
9)Musical Interpretation
 午後5時からRegistrationの受付が始まった。
私たちのゼッケンを受け取った。
右表はThe City of Light Day 1(金曜日)の行事予定である。
 午後7時からRoom AでLine DanceのChoreography部門のコンペが始まった。
 今年1月、Nashvilleで会ったアメリカの人たち、また、Teen Advancedの第一位であったオランダのGiovanniが参加した。
 ちなみに、GiovanniはIntermediateのRise & Fall、She’s mineを振付けている。

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7月2日(土)Competition Day2 晴れ

 Line Danceの部門はNoviceのダンスが午前11時30分から始まった。この競技はビデオで撮影した。ビデオもカメラも自由にどうぞ、ということであった。
 The City of LightのサイトのEvent Informationに
 Personal video cameras are welcomed in all ballrooms, during competitions and workshops
の記載があった。ちなみに、NashvilleではVideo cameraは禁止であったが、プロのビデオ屋に事前に撮影を依頼すれば、きちんと撮ってくれて、DVDを受け取る仕組みになっていた。
広いフロアーは真ん中で仕切られ、AとBに区切られていた。Judge はAとBに別れ5人ずつ、それぞれのContestantを審査する。音楽は同時に流されるので2 Heatが同時進行できる。多いときは片側で、横2列で8〜10人が踊り、壮観であった。
13時15分からIntermediate/AdvancedとNewcomerの予選が始まった。これに先立って、12時半からMusic Previewがあった。これは競技の使われる音楽を聴いて、ステップを慣らすためである。UCWDCのサイトで、AdvancedのRise & FallはKey to the Highwayであったが、他のWaltz曲に変わった。Nashville 2005のIntermediateでは、本番の踊る直前に2つのダンスの音楽が変わっている。また、AdvancvedもLiltの音楽が変わった。
 Competitorは体力を要する。Newcomerの予選、Intermediate、Advancedが入れ替わり行なわれる。この間、約3時間、1種目踊っては、7Heat待つ。そして次の種目。この間立ったまま入場ゲート近くで、並んで待たねばならなかった。
 競技に先立って、ビデオ・カメラをAとB会場が写る位置に据え、無人状態で連続撮影した。途中、大急ぎで、撮影テープを入れ替えに、走った。
 午後5時からCouple部門のコンペが始まった。この”The City of Light”のコンペの特徴の一つに、LineもCoupleも同じフロアーで行なわれたことである。つまり、私たちLineのContestantもCoupleの競技を見る機会があった。
 午後8時からSuperstarとRising Superstar のショーがあった。なかなか見ごたえがあった。
 第1回Asian Pacific Championships(Singapore)以来の知り合いであるMonaとSamのCouple Danceは華麗であった。2人は2003年のCouple Show CaseのChampionであり、Monaは今年のNashvilleでAdvanced Openで優勝した。私たちとの再会を喜んでくれた。
 2005年WorldのCouple部門のChampion、BrandiとRonnieのCouple Danceはこれまた素晴らしく、これまでにこんなに息の合った、見事なダンスは見たことがない。
 Rising StarとしてGiovanni(16歳)とSydney(Teen)が登場したが、Nashvilleのコンペで見たときより一まわり成長し、上手になっていた。若い人の上達は著しい。
 今夜のDance Partyは出席しなかった。明日のTeamダンスがあるからである。


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7月3日(日)Competition Day3 晴れ

 Day 3の最後のTeamに私たちは出場した。右表はDay3の予定である。
 前日の予選を通過したNewcomerのFinalが昼ごろから始まった。そして1時間半にわたる熱演が終わった。
 その後、Showcaseが1時間ほど行なわれた。あらかじめ発表されたMusicに自由に振付けて踊る種目である。これも5つのダンスのカテゴリがある。
 私たちの出番であるTeamsは午後3時半から始まった。これもビデオをまわしぱなしにし、撮影した。Paso Dobleでは観客の大きな手拍子に支えられた、楽しく踊った。
 Awardsまでに時間があった。Samが即興的にゲームを提案した。私どももコンペの関係者からゲームに引っ張りだされた。
 午後5時半からAwardsが始まった。


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7月4日(月)ホテル移動 晴れ

 午前9時、6日間お世話になったホテルを離れた。ルーブル美術館の対岸、セーヌ川に面したホテルに移るために。
 右の写真は6日間、宿泊したホテル


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あとがき

コンペ運営
 French event organization team(Brigitte、Audrey、Chantel、Brunoの4人)が中心になって、イベントが実行された。今年は第4回であった。
UCWDCからの責任者としてDavid Gettyが来ていた。
 ヨーロッパ各国(スエーデン、アイルランド、イギリス、オランダ、スイス、スコットランド、ドイツ、ベルギーなど)からも多数のJudgeやStaffが参加した。
Workshop
 土曜日と日曜日の午前10時から午後5時まで、Room Aでラインダンス、Room BでカップルダンスのWorkshopが行なわれた。私たちは時間的な余裕がなく出席できなかった。
Volunteer
 会場は多数のSecurity要員が入って、全館は非常に安全、かつ和やかな雰囲気であった。荷物、ビデオを置きっぱなしにしてもまったく問題が無かった。
Bar
 主会場の前のホールにBarがあって、軽食、飲み物の販売があった。カリカリのフランスパンのサンドイッチ、熱々のフレンチパンケーキなど。美味しいし、安いし、サービスも良い。これも、Volunteerの人びと。
 日曜日、すべての行事がすんで、ホッとした。皆さんの思いも同じ。大勢の参加者はビールで喉を潤した。おいしかったこと!
 思い出すのは、Singaporeでのコンペである。ディナーと平行してコンペを始めた。Showならともかく、Competitionを中華料理のテーブルをかこみながら見るとは...。Competitorは結局、食事が出来なかった。高いDinner料を払っておきながら。Competitorへの配慮に欠けたEventであった。Kuala Lumpurの時もこれに似た状況であった。この点、Dinnerなど無関係のParis Competitionのやり方は、すっきりしていてとてもよかった。


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感想

 パリのコンペは私の予想を上回る盛会であった。ヨーロッパ各国の参加者が多く、ラインダンスのレベルは高い。アメリカからはNashvilleで一緒に躍った知人の一行のみが参加した。アメリカのコンペはLineの参加者が少ないので、物足りないそうである。
 コンペの関係者は英語を使うので、フランス語が理解できなくても、問題はない。
 コンペ会場付近は商店が多く庶民感覚の町である。多くのCafe Restaurant、Chinese, Japanese Restaurantがあり、気さくに入れる雰囲気で食事に苦労しなかった。夜11時まで営業している。
 この時期、パリは夜10時ごろまで明るく、歩いていて、不安を感じることはなかった。

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−カウント開始2005年8月26日−