軽口雑話11



目次
第31話 日本人に違いない!!
第32話 歴史認識
第33話 ワンタンミー



第31話 日本人に違いない!!

 お手伝いしている会社の仕事で、マレー人のアブドラ君とある日系会社に行きました。彼の通称はドラ、背が高くてハンサムで気のやさしい人です。以後はドラ君と書きます。今回の仕事は機械の改良でした。主に電気部分で、ドラ君には穴あけや取り外し、取り付け、配線ををやってもらいました。私はシーケンサーのソフトを改良します。無事仕事が終わって片付けに入りました。私は、配線で出来た細かいゴミを拾っていました。ドラ君はインド人の女の子にくずかごを持ってきてもらい片付けながら何やら話し込んでいます。取りあえず綺麗に掃除をしてお仕舞いにしました。
 帰りの車に乗り込んで彼がけらけら笑って私に話しました。さっきのインド人の女の子がドラ君向かって”あんたは日本人か?”彼は答えて”いやマレー人だ。マレー系マレー人だ。みればわかるだろう!”と言い返したそうです。彼女は”いいえ、あんたは日本人に違いない。絶対に日本人だ!!”といわれたそうです。そこで私も一緒に大笑いしました。
 彼が何故けらけら笑っているのかおわかりでしょうか。これが笑えるようになるにはマレーシアでの長いつらい体験が必要です。
 ホリデイビラに一年も住むと、部屋の設備があちこち傷んだり、水が漏ったり、スイッチが壊れたり修理するところが出て来ます。そのたんびにホテル側に頼んで修理屋を呼んで直してもらいます。ちゃんと直るときもあるし、直らないときもあります。それはさておき、仕事が終わると彼らは散らかしたまま帰ってしまいます。こちらは頭へ来て”掃除をして帰れ!”と文句を言ます。”私の仕事は修理すること、掃除をしにきたのでは有りません。ハウスキーパーを呼んで掃除してもらって下さい。”と言って取りあわずさっさと帰ってしまいます。
 日本では仕事をしたらかたづけて綺麗にして引き渡すのは常識ですが、こちらではこれが非常識のようです。多分インド系の人達の価値観、カースト制度の影響が残っているのかもしれません。普通のマレー人達(マレー人、華人、インド人)は仕事をしてもちらかしたまま帰ってしまいます。仕事をして自分たちで綺麗にして帰るのは日本人ぐらいしかいないのです。
 ドラ君は日系の会社で仕事をして綺麗に後かたづけをして帰るのが習慣になっています。印度系の労働者が多いこの日系の会社の女子社員はそのことをよく知っていて”あんたは日本人か?”と皮肉を言ったのです。
 これを頭に入れた上で少しは笑えたでしょうか!やっぱあんまり面白くない?!!。


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第32話 歴史認識

 ホリデイビラの前でタクシーを拾いました。
 ”中国人?””いや日本人だ。”白髪のインド人の運転手でした。インド人運転手の場合、運転手はこちらが中国人だと思っているうちは妙な緊張感が漂います。これは経験的にずっと感じてきたことです。こちらが日本人と分かれば平和に乗れるはずだと思ってちょっと安心しました。”今日は特別な日なんだろう!”タクシーの運ちゃんに聞きました。”今日は独立記念日さ!””日本が占領していてそれから独立したんだ。”運チャンは物知り顔で言いました。”違うだろう!日本が占領したのは、ほんの3−4年のはずだ。その前も後もイギリスが統治していたはずだ。だから独立はイギリスから勝ち取ったはずだ!”というと”いいや、日本から独立したんだ。”と言い張ります。私ももう一度”イギリスから独立したんだよ。その前はオランダだし、そのもっと前はポルトガルのはずだ。”と言い返しました。するとしばらく考えて、”そうだイギリスから独立したんだ。”イギリスのプリンセスの処へ行って19XX年に独立をもらったんだ。オランダやポルトガルが統治したことは絶対に無い。”と言いはります。彼はだんだん興奮して車はゆっくり走り両手を上げてまくしたてています。”プリンセスじゃなくてクイーンでしょうが..”喉から出かかりましたが押さえました。”マレシーアはもともとインド人だけが住んでいたんだ。そのあと中国人が入って来て一番最後にマレー人がインドネシアから大量に入り込んできたんだ。それでマレー人の国になっちゃんたんだ。マレー人のやつは全くっ!!!”車は殆ど止まる寸前のスピードまで落ち両手を上げて演説しています。かみさんは”もうよしなさいよ。危険よ。後ろでクラクション鳴らしてる!”いろいろ反論したかったんですけれどしばらく返事をするのを止め、カルフールにつきました。次の客が乗り込んで車を離れようとすると、”オランダが統治したことなど絶対にな〜い!!!!”声が追っかけて来ました。
 私もあんな議論をした後ですから帰って一応調べました。以下は地球の歩き方の年表から抜粋したものです。
前1世紀南印度と中国との間に海上交易が始まる。
4〜5世紀東南アジアの”インド化”(インド文化の受容)が進展
7世紀マラッカ海峡経由ルートがアジアの海上交易の主要ルートになる。
1405年中国明朝の鄭和の海南遠征(1433年まで7回)
1445年頃ムラカ王国(マラッカ)のイスラム化が完了
1511年頃ポルトガルのムラカ(マラッカ)占領
1641年頃オランダがポルトガル領ムラカ(マラッカ)を占領
17世紀後半スマトラ(インドネシア)のミナンカバウ人や南シュラウス(インドネシア)のブギス人によるマレー半島移住が活発化。南スラウェシでブギス人の流出が始まりその一部がマレー半島西岸のセランゴールなどに定住。
1786年イギリスがペナンを獲得
1795年イギリスがマラッカを獲得
1819年イギリスがシンガポールを獲得
1832年イギリスがペナン、マラッカシンガポールからなる海峡植民地を形成
1833年インド人契約労働者の移住開始
1874年イギリスがペラとパンコール条約を締結。以後マレー半島地域に対して積極的な介入政策を展開。
1891年イギリスとオランダがボルネオに於ける国境を確定。
1941年日本軍がコタバルヘ上陸
1942年日本軍がイギリス領マラヤ、シンガポール、ブルネイ、サラワクを占領。
1945年日本の無条件降伏。イギリスがマラヤ連合案を発表
1957年マラヤ連邦の独立
1963年マラヤ連邦、シンガポール、サバ、サラワクからなるマレーシアが成立。
1965年シンガポールがマレーシアから分離独立。
1981年マハティール首相就任、ルックイースト政策を発表。
1984年ブルネイ独立
2004年アブドラ首相就任
 大雑把な抜き書きですが、大体の処は分かると思います。
 これによるとインド人の移住が4〜5世紀の”インド人の東南アジアのインド化”を指していうならインド人が一番最初と言うのは当たってます。大量に移住してきたのが1833年の契約労働者ということになります。私にはこちらの方が先に頭に有りました。マレーシア(マラヤ)という国の概念が出来たのは1874年イギリスがマレー半島全域に積極介入してからのようです。それまではペナン国とかマラッカ国という日本で言えば土佐の国とか紀伊の国とか言うのを占領したに過ぎなかったのでしょう。ポルトガル人や最初のオランダ人の植民地支配はマレー半島やボルネオ島という単位ではなくマラッカやペナン、シンガポールという都市(国)の単位だったようです。1874年以降マレーという概念が出来たのではないでしょうか。彼の言っている”オランダがマレーシアを占領したことはない。”は正解です。
 中国人はすでに15世紀から入って来ています。中国人の土着の歴史もかなり早い時期からです。
 以外なのは土着だと思っていたマレー人が17世紀後半から移住してきたことです。シンガポールにはブギスと言うところがありますし、KLのクランにはカンポンジャワ(ジャワ島から移住した人が住んでいる村)と言うところが有ります。これも彼の言っていたことは当たっています。
 相手の歴史認識がいい加減だと思ったのですが、調べてみると最初の”日本から独立”以外は彼の言っていることはあっていました。私の方の歴史認識がたいしたことがありませんでした。この国の歴史もちゃんと頭に入れておく必要が有ると痛感しました。


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第33話 ワンタンミー

 ラーメンは、毎日食べても飽きない食品の一つだと思います。日本ではまたラーメン好きの凝りようも大変な物です。やれあそこの店は汁が旨いとか、やれダシの取り方が良いとか、やれ麺が細いとか、やれ具が良いとか。ラーメン好きにしゃべらせたらきりが有りません。
 日本のラーメンの様に何処へ行っても食べられるものにワンタンミー(ミーは麺の意味)が有ります。日本のワンタン麺にあたるものですが、こちらでは日本より一般的です。ワンタンミーにはドライとスープがあって、単にワンタンミーというとドライのことを指します。ドライは焦げ茶いろのソースで麺をからげた焼きそば風です。それに小さなお椀にワンタンを入れたスープが付いて来ます。ワンタンミースープは汁麺のことで、麺はちょっと細めで堅め、つゆが透き通っていて、だいたい日本のワンタン麺と似ています。またワンタンもお店によっていろいろで、普通は日本のワンタンと殆ど同じですが、揚げワンタンを入れるところも有ります。ただし揚げワンタンが入っているところは味がいまいちです。中華屋なら何処にでもあるメニューなので仕事で遠出をしたときなどもっぱらワンタンミー専門です。さっぱりしてとても美味しいです。
 華人のチャンさんと中華街に遊びに行きました。ちょっと小腹が減ったので何か食べに中華のカフェに入りました。私達はワンタンミースープ、チャンさんはワンタンミー(ドライ)でした。チャンさんに聞いて見ました。”ワンタンミースープは食べないの?”彼曰く、ラーメン好きの台詞と変わらない答えが返って来ました。
 ”ワンタンミースープの本当に美味しい物は殆ど食べられない。麺をゆでるときの取り出すタイミングが大切で、麺が溶け出すまでゆでると美味しくないし、また早すぎてもかん水の匂いが残り美味しくない。かん水が抜けて、麺が溶け出さない瞬間に湯から揚げないと美味しい麺にはならない。この辺(中華街で)でこのタイミングを旨く操れる人はいない。私の父が作ってくれた程の麺が食べられないので、いっそのことワンタンミー(ドライ)にしているのです。””なるほどここにも食通はいるものだ。”と感心しました。


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