軽口雑話5



目次
第13話 なんでもあり
第14話 ノープロブレムとオッケーラー
第15話 日本食はホームシックのトリガー



第13話 なんでもあり

 ”ここでは何でもありだからなー!”長期滞在者が何かあると呟く言葉です。日本人は無意識に規則を守ろうとします。ここでは規則があっても、あっさり乗り越えてしまいます。最初のうちはそれが納得いかず、いらいらの原因になりした。受け入れる様になると上記のような発言と言うより、ため息となって口から出て来ます。
 たとえば交差点で車やバイクは赤信号で止まってますが、交差している青信号の車が無くなると最前列のバイクは一斉に信号無視で飛び出します。例外はありません。車の運転でも、ほとんどの人はウィンカーを出しません。右折でも左折でも車線変更でもウィンカーは出す人はまれです。横断歩道はほとんどありませんから交差点での横断は最初から交通規則無視(そういう交通規則があればですが)です。信号を待って安全を確認してから渡りたいかみさんは車道を横断するのを今でも嫌がっています。でも最近はだいぶ慣れておそれなくなりました。時折ぶつくさ言ってはいますが...。”交通規則無視”は”何でもあり”でも抵抗があります。
 売春も横行しています。友人のホテルでは、かなり公然と行われているようで、彼の部屋の向かい側4部屋を使って営業しているそうです。売春婦とポン引きは中国本土人だそうです。口コミで宣伝し携帯電話を使って客を集めているようです。普段の日はマレー人のお客が多く、土日はシンガポールからのお客で満杯になるのだそうです。この話を聞いて、なぜムスリムの国で売春があるか不思議に思いました。そしてやっぱり”何でもありなんだー!”と呟いてしまいました。ホテルは黙認しているのか聞いて見ましたが、アンダーマネーが効いているのだろうとの答でした。マレーシア政府も売春婦の取り締まりに躍起になっているらしく中国からの若い女性の入国は”保護者がないと入国禁止”のおふれを出しました。しかし中国政府の強烈な反発にあって中止になったと新聞に書いてありました。マレーシアも中国政府に対しては弱気の様です。


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第14話 ノープロブレムとオッケーラー

 こちらの英語は英語の中でも超方言ではないかと思います。言葉の合いの手にラー、とかハー、とか付けます。HOW ARE YOU?と聞くとオッケーラーと返ってきます。HOW ARE YOU?でオッケーと返ってくるのも受け答えとしてどうかと思いますが、さらにラーがついてくると調子が狂います。
 ここの電気事情があまり良くないのは衆知の事実です。電圧の変動が激しく+−30%位の幅で上下するそうですからたまったものではありません。その結果として器機ががよく壊れます。ホテルでは部屋の採光を自然にするためだと思いますが、電球が主流で、蛍光灯はほとんど使われていません。電球は定格以上に電圧が上がるとすぐ切れます。私達の部屋の場合、月平均5個の割で切れます。電球はアメリカのGE(ジェネラルエレクトリック)の物が使われています。経費だって大変なものだと思います。
 ある時、部屋の電球が6個切れてたので替えてくれるように頼みました。電球を換えに電気技師と称するインド人が来てチェックして行きました。一旦帰り、電球を一つ持って現れました。一つ替えて次の切れている処をチェックして又戻ります。又電球を一つ持って現れました。こうして一本ずつ取りに帰りチェックを併せて7回も行ったり来たりしました。この間一時間半、私達はいらいらしながら見ていまた。最後にスペアーだと言って6本持って来ました。これを見て、ついに頭に血が上り、なぜ最初から電球を全部持って来なかったのか、文句を付けました。”ノープロブレム”、終わった。”オッケーラー”と言って帰って行きました。
 ある大きな工業団地が出来て、そこへ、いの一番に日本の企業が入り機械を設置し稼働を始めました。処が機械がしょっちゅう壊れます。そこで供給電源の電圧を測って見ると定格220Vの処300Vの電圧で供給されていたそうです。これでは機械が壊れない方がおかしい。と言って管理会社に文句を言うと、まだほんの少ししか入居者がいないので電圧が高いが、入居社が増えれば、220Vになる。だから”ノープロブレム”だ。”オッケーラー”と答えたそうです。日本人から見ると、答えにならない答えです。でもこれはつい最近の話です。
 

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第15話 日本食はホームシックのトリガー

 ビザ更新のため出国しなくてはならなくなりました。今回はかみさんの歯が傷んだ為日本に一時帰国することになりました。帰国する日が近づくにつれ日本食にばかり行くようになり、だんだん現地食を食べたくなくなってしまいました。おまけにちょっとしたことで腹を立てたり、言い争ったり、何かとそわそわ落ち着かなくなりました。後で考えるとホームシックが原因で日本食はそのトリガーになっていたようです。
 その昔の話ですが、モスクワに長期出張していた事があります。そのころのモスクワは共産圏真っ只中で、外国人が駐在するにも多くの制約がありました。駐在員でも市内のアパートには住めません。すべてがホテル住まいでした。またモスクワ市内には西側諸国のレストランはもちろん日本食のレストランもなく、同じ共産圏である中国のレストランすらありませんでした。中国とは中ソ対立中で中国人はいませんでした。市内には北京酒家というホテルがあり、一応北京飯店と言うレストランはありましたが、コックもすべてロシア人で、彼らが作った中華料理は全く食べられたものではありませんでした。食材も日本人が食べられる様なものは全く手にはい入りませんでした。時々ホテルで自炊をするのですが思うようにいきません。米は細長く異物が沢山混入していました。米を炊くときはまず異物(多くは小石)を探して取り除きそれから米を研いで炊きます。それでも食べると時々石がありました。手に入る食材を工夫して何とかやっていました。肉などはひどい物でした。靴底より堅いのではないかと思うほどのすじ肉ばかりでした。ある時日本から来た同僚が日本食の缶詰弁当を差し入れてくれました。日本にいれば缶詰のお弁当と聞いただけで遠慮してしまいますが、こちらで何ヶ月ぶりにみる純日本食です。日曜日、一人で昼食にこの缶詰を開けて、食事をしました。缶詰ですがちゃんとお弁当の様相を呈していてとても美味しそうに見えました。一渡り眺めて食べようとした時スウッと涙が零れたのを覚えています。自分でも何で涙が出たのか分からず狼狽してしまいました。表層意識では平気を装っていましたが、深層意識では何処かで重傷のホームシックに掛かっていたのでは無いかと思います。思いがけず日本食というトリガーが深層意識を引っ張り出したのだと思います。この食事の後、数日間、日本恋しい病にかかってしまいました。
 この界隈にも日本食レストランが6軒ほどあります。しょっちゅう日本食を食べていれば別にどうと言うこともないと思います。私達はこちらの食材を使って日本食もどきを食べています。たまに美味しい日本食に出会うとこのトリガーが引かれてしまいます。すると前述のように感情の起伏が激しくなったり、現地食拒否の症状を呈したりしてしまいます。
 日本人にとって日本食は潜在意識にあるホームシックのトリガーになりやすいのだと思います。私達だけかもしれませんが....。


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−カウント開始2004年10月17日−