軽口雑話3


目次
第7話 ウィルス・サッサー
第8話 音楽会
第9話 鞭打ちの刑


第7話 ウィルス・サッサー

 日本にいた時はウィルスに感染した事はありませんでした。マレーシアに来てウィルスにやられるとは思いもよりませんでした。
 4月の終わり頃ダイアルアップでプロバイダーのつながりが極端に悪くなった時期がありました。パスワードの検証の処まで行くのですがそれっきり長い間検証が続き、パスワードを見直せといって切れてしまいます。そんな状態で10回に一回ぐらいしか繋がらなくなってしまいました。ダイアルアップのプロパティを広げ、あれこれやってファイアーウオールをはずしてみるとすぐに繋がるようになりました。2−3度はそれでうまくいっていたのですが、ある時突然、ダイアルアップで繋がると、カウントダウンが始まりました。60秒からカウントダウンを始め0秒になると”ウィンドウズを終了するぞ”という表示です。あわてて開いているソフトの実行画面を上書き保存してを終了させました。そして時間が来ると勝手にウィンドウズを終了してしまうのです。その後ウィンドウズは立ち上がりますが、プロバイダーに繋がるとカウントダウンが始まります。何回試しても同じでした。合点がいきません。もしかしたらウィルスにやられたのかもしれないし、また何か他のことでバグっているのだろうと思っていました。でもインターネットに繋がなければ正常に動くので、このコンピューターは他の用途に使っていました。
 こんな事も有ろうかと日本を出る時、重いのと嵩張るのを覚悟で、しかもかみさんの反対を押し切ってコンピューターは2つ待って来ていました。もしかしたらウィルスに感染しているかもしれないと薄々感じていましたので、もう一つの方のコンピューターはファイアーウオールは外さず、つながりの悪さを我慢して使っていました。そうこうするうち、かみさんがNHKを見て”世界中でサッサーというウイルスがはやっているそうよ!”と言ってきました。一緒に映像を見たみると私と同じ画面が写っています。”やられた!!”と思いました。悔しいけどサッサーウイルスに侵入されたのです。おまけに東京でウイルス対策ソフトをLANソフトを生かすとき外してあったので手も足も出ません。
 2週間もたった頃、思いついてマイクロソフトのアップデートサイトに繋ぎました。サッサー対策が載っていました。早速ダウンロードしてアップデートし、ウエブ上のサッサーの感染チェック・スキャンを起動して、このコンピューターは感染していないことがわかりました。
 感染しているらしい方はどうするか。取りあえずダウンロードしたファイルをUSBメモリーに入れ感染したらしい方のコンピューターに入れアップデートをしました。この段階でプロバイダーに繋げてもカウントダウンは起こらなくなりました。そして改めてマイクロソフトのサッサー対策ページに繋げ、サッサーの感染チェック・スキャンをしました。案の定感染していました。さらにウエブ上でウイルス削除を起動して完全にウイルスを退治しました。長いこと悩んでいましたがやっと解決できました。

 私のように2台コンピューターがあったのでなんとこか事なきを得ましたが、大抵は一台しか無いのが普通ですから、海外でウイルスに感染すると結構やっかいな事になってしまいます。
 対策としては、ウイルスバスターなどのウイルス検索、削除のソフトは必ず入れておいた方が良いと思います。ファイアーウオールは絶対外さないように一応チェックしておくことをお勧めします。また最悪の場合は、再インストールをしなければなりませんので、リカバリー用CDを持って来た方が良いと思います。


トップへ



第8話 音楽会

 ホテルの真希子さんから音楽会の切符いただきました。音楽会の会場はKLCCのペトロナスツインタワーの中に有り二つタワーのちょうど中間付近の2階に有ります。内容は、
 マレーシア交響楽団 
 オッコ・カム指揮(カラヤン国際指揮コンペティション優勝、フィンランドラジオ交響楽団、ヘルシンキ交響楽団などで指揮)
 ピアノ アンドレアス・ハエフィンガー
 ウエーバー作曲 オベロン序曲
 シューマン作曲 ピアノコンチェルト イ短調
 8:30分開演と言うものでした。
 8時半という遅い開演なので、食事を先にしないと食べ損ねてしまいます。地下の軽食レストランで軽い食事をして8時15分ころ会場に入りました。切符を渡して入場すると係員がすぐに飛んできて、肩を抱くように隅につれていかれ、まず靴を指さして、”スニーカーはまずいです。革靴にして下さい。”次いでTシャツを指さして、”Tシャツもまずいです。襟のあるものを着てネクタイをして下さい。それから上着を着て下さい。”といわれました。”参ったな!”これは私。出かけるに当たって、トランクの中には背広は有りませんし、靴もスニーカーしか有りません。仕方なく襟付きのシャツとネクタイだけ持って出かけました。取りあえず、かみさんは問題ないので、先に入場してもらい私だけ緊急買い出しにでかけました。15分で買いものを済ませなければなりません。幸い会場をでるとすぐそこに伊勢丹があります。まず靴売り場に行きました。店員が”どんな靴を”と言うので”一番安いの。”と言うと、今まで見たこともないつま先の四角いのが出て来ました。迷っている暇は無いのでOK。次に上着売り場へ直行、”どんな上着がよろしいでしょうか?” ”...一番安いの。”こちらは紺で形はまあまあ、ポリが少々まじったテロテロなもの。”これ。”でしめてRM750の大出費、カードで支払いを済ませ、化粧室へ直行しました。シャツを着替えてネクタイを締め、靴を履き替えて、化粧室を飛び出し、上着を羽織りながら会場に走って行きました。ずいぶん頑張ったのですが、着いたのは8時37分、最初の曲が始まっていました。もう入れないのかと係員に聞くと、”大丈夫最初の曲があと10分で終わるから、ここで待ちなさい。”それから私をまじまじと眺め”良い靴だ。”とほめます。”これが?”こんな靴は生まれて初めて履いて恥ずかしくてしょうがないのに良い靴だなんて、なにかおちょくられているようで落ち着きませんでした。最初の曲が終わるまで、係員と話をしていました。彼の弟が来月日本へ行くそうで、”日本の物価が高いのを心配している。”とか、とりとめの無いことをしゃべっているうちに、一曲目が終わり2曲目の始まる前に無事着席できました。
 正面にパイプオルガンのある立派な演奏会場です。空席が目立ち客は真ん中辺に集中していました。
 マレー人のいないマレーシア交響楽団と言うのが最初の印象でした。  団員は、ホルンとティンパニーと数人がマレー人、後は白人70%、日本人、華人、の外人部隊でした。聴衆も、白人が最多で、日本人、華人、インド人、数人のマレー人の順でした。対外的に一流国?を演出するための交響楽団なのでしょうか。団員にもう少しマレー人がいて、来場者ももっとマレー人がいてこそマレーシア交響楽団なのに....。  曲目は上記の通りです。指揮者は素晴らしい経歴の持ち主ですが曲目を見ると地味なタイプなのかもしれません。日本でも時々演奏会に行きましたので、日本の演奏と比べると、パンと張ったような緊張感のある音が出て来ません。楽団の音かもしれませんし、もしかしたら会場の造りのせいかもしれません。パイプオルガンのパイプが共振しているせいかもしれません。等と考えながら聞いていました。久しぶりのクラシックはご機嫌でした。かみさんは曲目がメジャーでない聞いたことのない曲だったので、居眠りをしたと言っていました。入場前の大騒ぎに比べて豊かな時を過ごしました。
 コイオンチェルトの後、休憩を挟みもう一曲あって終わったのは11時すぎていました。LRTでKLセントラルへ出て、コミューターに乗ろうとしたのですが、終電車は終わっていました。タクシーしか有りません。KLセントラル駅のタクシー券売り場で料金を払いました。ホテルまでRM15でした。街で拾うより安いのでびっくりしました。ホリデイビラまで15分で着きました。余談ですがタクシーは先に料金が決まると最短距離で、メーターで走るといろいろなところを回って遊覧してくれます。


トップへ



第9話 鞭打ちの刑

 マレーシアでは今でもむち打ちの刑と言うのが有ります。最近青少年の犯罪が増えて(どこかの国もひどいものですが)困っています。そこで小さいうちに教育するのに限ると政府がのりだし、犯罪を犯すとこうなるぞという見せしめに刑の実演を見せる事になりました。実際にどこかの小学校で見せたのですが、気持ちの悪くなる子や親からの反対もあったりして中止になりました。巡回で全国の小学校を回る予定だったそうです。新聞の写真ではターバンをかぶったこの道20年のインド人の執行官が子供達の前で実演している写真が載っていました。ちなみに鞭のスピードは120KMを超えるそうです。痛そうですね。


トップへ

ホームへ




−カウント開始2004年6月23日−